2007年10月14日

20071014府中牝馬ステークス

◎アドマイヤキッス
牝馬非GT以外なら最強馬。
○ユキノマーメイド
2の世界自力脱出。


これから信濃大町に行ってきます。
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2007年10月13日

200701013の予想と秋華賞

ブラジルカップ
◎アルバレスト
休み明けリーマン。一応日刊スポーツに見えるところで、唯一の1番人気1着経験。


デイリー杯2歳ステークス
◎ツルマルストーム
よく見れば1番人気で新馬戦勝ったのは1頭だけ。


秋華賞
完全に3強質。人気度チェックでは▲を集めたベッラレイアが一番有利そうだが、3頭の中では一番後を走るだろうから微妙。
◎ピンクカメオ
もっと後に居るかな。物色逃れたGT馬。前走はダイワが楽逃げの展開で差して4着。少なくとも今回の方が展開向く。何より秋華賞は体力バカが強い。
○ウオッカ
2番人気っぽいダービー馬。消す根拠は薄い。
▲ダイワスカーレット
これを切る度胸があったら本物だ。
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ウイニングポストだがね

2007も面白いよ。
毎回目標を決めてやっているのだけれども、今回もトウショウボーイ系確立。一度も出来た事がない。

84年 ボールドルーラー系親系統昇格
85年 テスコボーイ系確立
86年 ミルリーフ系確立
87年 ミスタープロスペクター系確立
88年 ブラッシンググルーム系確立
89年 カロ系確立
90年 ノーザンテースト系確立

今回はスルーオダイナを早めに引退させてテーストを90年に確立させた。
系統確立の方法はとにかく有力馬を所有、架空馬を自己生産して種付け料を上げる。また高額の種付け料で種牡馬入りさせる。
91年現在の種付け料
トウショウボーイ 2300万
ウインドストース 1500万
サクラホクトオー 1500万
ミスターシビー  1300万

ヤマニングローバル他の活躍でシービーの種付け料はもう少し上がるだろう。このままグローバルを引退種牡馬入りさせてセキテイリュウオーも早めに引退させればなんとかなるか。

ついでに狙うマルゼンスキー系。
マルゼンスキー  2250万
サクラチヨノオー 1500万
アエロプラーヌ  1150万
ホリスキー    400万
スズカコバン   350万
サクラトウコウ  100万

トウショウボーイに比べるとしょぼいがマルゼンスキーの引退が遅いのと、架空馬でも強いのが作りやすいのでなんとかなるか。最後の頼みはネーハイシーザーで。

たまにゲームやると楽しい。
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2007年10月12日

私的秀吉考

ボクシングには新しくスープレックスも加わったようで。

信長は既得権益を潰し、新しい秩序を築いたが殺されてしまう。
日本ではこういうタイプの政治家は殺される運命にあるようだ。
暗殺と確信は持てないまでも、源頼朝、足利義満など。確実に暗殺された人だと、足利義教、大久保利通。

秀吉は信長の敷いた道を通って天下を獲った。
その為に主家を滅亡寸前にまで追い込んだのだから恐ろしい。
秀吉が明智光秀を討った時点で織田家が秀吉に臣従したわけではない。むしろ秀吉は家来の一人に過ぎない。ここから先の秀吉の謀略はあまりにも凄まじい。
信長の次男信雄、三男信孝に家督を継がせないよう長男信忠の子三法師を担ぎ上げ柴田、丹羽といった宿老を牽制する。信孝が柴田勝家と組んで叛旗を翻すとこれを滅ぼす。秀吉は主である信長の子を殺している。
信雄が家康と組むとこれとあたる。秀吉は織田家の力を確実に削ぎ落としていった。どうしても臣従しない家康には妹、母親を送り込んで傘下に入れる。本当に手段を選ばない。

秀吉の失敗は関白という職を得る為に朝廷の権威を復活させてしまった事だろう。武士と朝廷は相容れないもの同士なのに。承久の乱以後失墜していた朝廷勢力はこの頃から復活し始める。何故朝廷が武士を受け入れないのかはまたの機会に。
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2007年10月10日

雨の鎌倉も良いもんだ

月曜日、眠くて全然起きられない。
ぎりぎりまで寝続けて実家へ向かう。
帰り掛けに少し呑んで、お爺ちゃんの煙草を買って帰宅。
帰ってからも食べる。しかもよく食べる。
11時頃お爺ちゃん宅へ行ったら、まだ起きていた。
煙草を渡すと「それを吸う」と起き上がる。
「入船亭扇里ってのは誰だ?」
「俺だよ」
という会話を4、5回繰り返して就寝。

火曜日また起きられず。
起きなきゃと起きるとお爺ちゃんはまだ起きていなかった。
北鎌倉の料理屋でお爺ちゃんとおばさん(祖母のお兄さんの奥さんだがおばさん)の米寿のお祝いをする。数えで米寿。親戚一同が集まる。
ついでに一席。おめでたいということで「一目上り」を。

それと久しぶりに食べた天ぷら(雑魚天)は美味しかった。
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2007年10月08日

意外と惜しかったのね

ワイドゲームは完敗ですけど。
リキシオーはこの先も人気無い時買いたい。


早朝寄席

一、ハングル寿限無        馬るこ
一、がまの油           菊可
一、浮世根問           扇里
一、笠碁             馬治

朝早くから198名様のご来場ありがとうございました。
そして目が覚めないうちは口が回らないと反省しました。ゆっくり喋るのに慣れ過ぎだな。これもいけない。

馬治さんの狙いはストーミーカフェだった。狙い方は同じだったのですね。
ファストタテヤマはお疲れ様。
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2007年10月07日

20070907京都大賞典とか

毎日王冠
◎コンゴウリキシオー
▲最多の釣鐘型。前にこんなのが来た気がする。1番人気は確定過ぎなんで少しは楽か。
○エリモハリアー
前走合わないだろうオールカマーでまさかの3着。駄目なら小回り野郎ということか。


京都大賞典
◎ファストタテヤマ
やっぱりこのシナリオしか浮かばない…
posted by 入船亭扇里 at 11:58| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 競馬

2007年10月06日

よく食べた

夕べ師匠二人とお風呂に入った時、もちろん背中流しましたよ。
「いいよ」って言われるんですけど、
「いえいえ」って言いながら。こっちの思い出作りのためにとは言えないです。

今日は朝から3杯ご飯を食べて、温泉に浸かる。朝から入らないと温泉に来た気がしません。本当は食べる前の方がいいのかな。起きるのが遅いもんで。
帰りの電車でも老人達は戯れる。それを間近に見て喜ぶ。

東京に着いても一日は終わらない。
月例俳句会。なんだか久しぶり。
今月の季題は、
「星月夜」
「秋深し」
「新米」

伊藤くん自慢のスニーカ星月夜

ごめんなさい。疲れているみたい。
posted by 入船亭扇里 at 22:55| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

そして仙台です

朝師匠宅。半分寝ぼけています。
東北新幹線って久しぶりなのかそうでもないのかは思い出せませんが仙台へ。

仙台に着いてから秋保温泉の宿へ。仕事の前に宿に入ります。宿には既に小三治師匠。露天風呂に浸かってます。師匠も入る。私はパス。絶対にやる気を無くす。
それからおはぎを色々食べて、一足先に会場入り。


小三治・扇橋二人会

一、ぞろぞろ     扇里
一、弥次郎      扇橋
一、大神楽      小雪
一、転宅       小三治

小三治・扇橋の二人で「温泉に行こうか」という話をしていてそこから決まった仕事。全国の温泉について回れたら嬉しいなぁ。
posted by 入船亭扇里 at 00:30| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 落語

2007年10月05日

終いはカレーで

松茸を預かる事から始まった研精会。日本橋亭まで無事運びました。


日本演芸若手研精会

一、手紙無筆     市朗
一、南瓜や      三之助
一、化け物つかい   遊馬
一、干物箱      遊一
一、さんま火事    扇里
一、反魂香      夢吉

色々と重なって今日はアレでしたけど、当選確率が上がって良いでしょ、ねえ。ありがとうございました。
終演後は主任と入船亭と呑んで終電。何故か帰りにお腹が空いてカレーを食べていた。

明日はちょっくら仙台まで行ってきます。
posted by 入船亭扇里 at 02:56| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 落語

2007年10月04日

優勝の明くる日は

サービスしてもらえるもんだ。今年のセントラルをなんとなく盛り上げただけでも十分。もちろんその貢献は上位へ勝ちを進上した事で。

ウイニングポストの騎手と調教師と馬主と牧場を実名化する。
PS2のコントローラーであのやりにくい漢字変換で全てを終えると社会保険庁で働ける気がする。いやきっと働ける。5時間くらいかかった、噺家じゃなきゃ何日かかることか。ちょっとやってテスコボーイ系確立。今回の目標もテーストとマルゼンスキー、トウショウボーイ系の確立。ついでにユタカオーとシービーもできたら嬉しい。
いいかげんに止めて中野ザ・ポケットへ。


「慈善 MUST BE DIE」MCR本公演

ゆっきんの御縁で何度か観させていただいている劇団。これまでで一番面白かった。目の前に死が迫っている時っておかしくなるのか、理屈っぽくなるのか。そんな事経験したことないからわからないが、つまらない事を理屈っぽく考えてしまった。
少し肉を取り戻したっぽいゆっきんはとても美人になっていました。
いきなり死体だったけど。

明日は研精会です。
posted by 入船亭扇里 at 00:30| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年10月03日

帰りはよく寝る

早起きして中央区の小学校へ。
久しぶりに満員電車に乗りました。ごめんなさい。


一、解説         扇好
一、落語体験
一、寿限無        扇里
一、大神楽        正二郎
一、牛褒め        扇好

とても素直でよく聴いてくださる生徒さん。やりやすかったです。

その後「ミス・ポター」を観る。
ピーター・ラビットってあんまり覚えていないのだけど、子供の頃読んだなぁ。さらにウイニングポスト2007年度版を購入。我慢していたけど買っちゃった。あーあ。
posted by 入船亭扇里 at 00:31| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 落語

2007年10月02日

再度信長考

朝師匠は拡大鏡片手に小三治師匠のDVDの解説書を読んでいました。
年取ると本を読むのも大変ですね。


信長の天下取り計画とは京を目指して室町将軍を擁立し傀儡として最後は追い出すというものだった。尾張を統一して今川を撃退した後の行動が理にかなっている。
近江の浅井と婚姻を結び義父斎藤道三の遺領美濃を攻略する。美濃は壬申の乱の昔から交通の要衝で美濃攻略にかなり時間をかけていることからも重視していた事がわかる。完全に美濃を手中に治めると幸運にも足利義昭が信長を頼ってきた。これには明智光秀の働きもあっただろう。明智光秀と信長の正妻帰蝶は縁戚である。その後義昭を奉じて上洛する。計画通り。

信長と他の大名の違いは既存の秩序の否定ということだろう。信長は室町幕府の政治体制を古いと考え、もはや利権団体と化していた寺社勢力も疎ましく思っていた。これが武田信玄等との決定的な違いだと思う。世の中が望んでいたのは新しい秩序であって、それを実現してくれるのが信長だった。出家してしまうような武田信玄や上杉謙信は望まれていなかったのだ。

信長といえば非情というイメージもある、例えば「一銭斬り」。
文字通り一銭盗めば死刑になるという恐ろしい法。当然住民は震え上がったが、これが逆に治安を回復する効果になった。誰も悪い事をできなくなった。信長の領内では女が一人旅をできたという。後の「生類憐れみの令」に通じるものがある。

信長は中世最大の政治家だと思いますが如何なもんでしょう。
posted by 入船亭扇里 at 01:13| 東京 ????| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記

2007年10月01日

10月の予定をだね

10/4
日本演芸若手研精会
前売り・予約1000円 当日1500円
三越前・お江戸日本橋亭 18時15分開演
三笑亭夢吉(主任) 入船亭扇里 入船亭遊一 三遊亭遊馬 柳家三之助 柳亭市朗


10/7
早朝寄席
木戸銭500円
上野・鈴本演芸場 10時開演
古今亭菊可 入船亭扇里 金原亭馬治 鈴々舎馬るこ


10/17
ヤングさくら寄席 vol.2
当日1000円
京成佐倉・ミレニアムセンター佐倉 18時30分開演
入船亭扇里 春風亭一之輔 柳亭市朗


10/18
ル・プティ・ニ寄席
木戸銭2200円(コーヒー・手作りケーキ付き)
JR山手線 目白駅徒歩1分 三菱東京UFJ銀行隣 カフェ ル・プティ・ニ
03−3950−1466
午後8時開演
入船亭扇里 入船亭遊一 (たぶん特別ゲストあり)


11/29
悪事扇里を走る(仮)
Charge1000円(1ドリンク付)
高円寺・円盤 19時30分開演
入船亭扇里(血ヘド吐くまで頑張ります)
posted by 入船亭扇里 at 01:03| 東京 ??| Comment(0) | TrackBack(0) | 出演情報

そして信長考

見事に9着10着11着という結果でした。ある意味並ぶのが凄い。


信長が家督を継いだ時の勢力は尾張の半分にも満たなかった。
武田信玄、上杉謙信、北条氏康、今川義元等既に大大名が割拠していた時にこの勢力差はあまりにも不利だ。では何故信長が天下を取れたのか。(志半ばで殺されちゃったけど)
この疑問に答えてくれたのはイザワ先生だった。
「信長には天下を取るという意志があった」
単純なようだがこれが正解なのは間違いない。他の大名にはその意志が感じられないからだ。武田信玄に天下を取る気があったのなら、上杉謙信と小競り合いなどせずに真っ直ぐ京へ向かえばよかった。何故そうしなかったのかといえばその気がなかったからだろう。晩年に上洛の兵を起こしたがあまりにも遅すぎる。三方ヶ原後も生きていたとしても信長の勢力が強すぎて撃退されていただろう。
そして農民兵が主だったこの時代に傭兵を採用して常備軍を作った。
信長軍は一年中兵を使えた。これも何故他の大名がしなかったのかといえばその気がなかったからに他ならない。但し傭兵には金がかかる。信長は商業を重視して金を集めた。もちろん傭兵を雇う為にだ。
天下を取る意志があってその為に行動する、というのが一番の資質のようです。

そのうち再度信長考を。
posted by 入船亭扇里 at 00:33| 東京 ??| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記