2008年01月26日

執権北条E

キングスエンブレム3着。。。
買ったのは三連複だったので馬券は獲ったけどさ。


元寇(Wikipedia)

いわゆる文永の役。
元・高麗・女真人の混成軍役3万が壱岐に攻めてくる。
司令官は高麗人の金方慶。
松浦党の本拠地を全滅させ、壱岐守護代平景隆を自害に追い込む。
この時に民衆を殺戮し、生き残った者の手に穴を空けて革紐を通し船壁に吊るして見せしめにしたという。さらに子供男女200人を捕虜とし高麗王妃に献上したという。高麗人は元の力を背景にした加害者であるのはこの事からも間違いない。
元軍は5日後博多に現れる。幕府も壱岐の情報を掴み。御家人を大宰府に集結させて迎撃体勢をとった。
当初は「やあ!やあ!我こそは・・・」と名乗りを上げた御家人がその最中に元軍数人に囲まれるという失態はあったが、その内に集団戦術に対応。後には矢戦になる。直接的な戦法を採らなかったのは両軍が拮抗していたのだろう。
夜になり大宰府攻略を諦めた元軍は博多の町を焼き船上に撤退。明くる日も激戦が予想されたが神風が起こり元軍は海に沈んでしまった。この神風に対しては異論があるが、元・高麗軍の不還者が13500余人と言われているので、そんなに死者が多いという事は船が難破したとしか思えない。普通に考えて動員した兵の2割以上でも損害が出たらそれは大敗と考えるだろう。

運良く元軍を撤退させた。
しかし元軍の動員は少ない。元は南宋と二正面作戦を展開させて日本に兵を割けなかった。また神風の要員も大きい。それ以上に「蒙古襲来絵巻」を見ればわかるが、元軍はこの後の弘安の役でも馬を用いていない。馬を船で輸送するのは大変なのだ。元(というか騎馬民族)の主力は騎馬軍である。よく考えてみよう。西にも勢力を拡大したモンゴル軍は海を渡っていない。言わば初めての海戦だった。この事が海に囲まれた日本にどれだけ有利に働いた事か。
4年後フビライはまた使者を送ってくる。今度はどうしたか、処刑してしまったのだ。時宗という人は二度の元寇をよく指揮し迎撃したと思うが、そうも外交のセンスが無い。普通に考えて怒るだろう。どうせ返事をしないのなら使者を徹底的に監視して帰してしまえば良いではないか。
同年南宋を滅ぼした元は再び日本を襲ってくる。
posted by 入船亭扇里 at 23:21| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

20080126の予想

今日はひとつだけ。

若駒ステークス
◎キングスエンブレム
何度も言うようだが皐月賞候補。前走は早め先頭に立ったファリダット(ダービー候補)をやはり早めに捕まえにいってブラックシェルに漁夫の利を掠われた。走ってきた相手を考えても最有力。
○アインクラス
唯一の全戦1番人気。
▲ロスペトリュス
掲示板維持の節目割り。
△ダイシンプラン
△ジュウクリュウシン
新馬戦A組から。
posted by 入船亭扇里 at 12:46| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 競馬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

執権北条D

梅香亭のハヤシライスを食べに行こうと関内まで。
店の前で絶句。「本日休業」ついてない。


北条時宗(Wikipedia)

フビライからの国書は以下のようなものだった。

天の慈しみを受けて最高の位についた、
大蒙古国の皇帝が、書を、
 日本の国王に送る。
 朕思うに、昔から小国の王は国境が接する国とは
 修好につとめるものである。
 ましてや、朕の
先祖は、天の命によって世界の所有者となっている。
 遠方の異国でも朕の威力を畏れ徳を慕うものは数え
 切れないほどである。
 朕が即位したばかりのころ、高麗(朝鮮半島)の民
 が戦乱に疲れていたので戦争をやめて講和し、
 老人と子供を故郷に帰らせた。
 高麗は感謝して朝貢に来た。
 朕と高麗とは、君と臣の関係だが、喜びあうこと
 は父子のような間柄である。
 おまえやおまえの重臣、その家臣たちも、この事は知っているであろう。
 高麗は朕の東方の属国である。
 日本は高麗に接した国で、建国以来しばしば中国に
 朝貢に来た。
 ところが、朕の代になってからは、ただの一度も来ていない。
 おそらくは、
 おまえの国は世界の情勢を知らないのであろう。
 したがって使いを派遣し、国書を持たせて、
 朕の意思を知らせる。
 いまから親交を結ぼうではないか。
 聖人は世界を一家と考える。
 親交を結ばないのは、一家とは言えないことである。
 朕も軍事力を使いたくはない。
 よく考えなさい。
 それでは・・・。
   至元三年八月日
http://www.asahi-net.or.jp/~xx8f-ishr/mouko_kokusyo.htmから参照)

強いとはいえ新興の国の国書としては無礼過ぎる。特に「大蒙古国」というのがいただけない。中国の国家ならこんな国号は使わないはずだ。それだけまだモンゴルは中国化していなかったということか。
幕府の選択はなんと黙殺だった。これは外交のセンスが悪い。国際情勢が見えていないにしても、高麗を服属させているのも宋を攻めているのもわかっていただろう。そこへ返事をしないのは相手の感情を逆撫でするだけだ。フビライはこの後も何度か使者を送るが幕府はついに返事をしなかった。

その間朝廷は何をしていたかというと平和のための祈祷をしたり、平和を祈る歌を作ったりしていた。現代でも同じような人が居るので笑うに笑えない。
フビライはとうとう武力討伐を決断する。
高麗に命じて大小900の軍船を半年で建造させる。軍費は高麗持ち。ついでに食糧の供給も先陣も高麗軍。無条件降伏するとは悲しい事だ。
その動きを察知した幕府は異国警護番役を設置し少弐氏や大友氏に指揮を命じる。
そして遂に元・高麗軍は来た。
posted by 入船亭扇里 at 00:43| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする