幕末の天才っていうと誰を浮かべますか?
文句無しは坂本竜馬。それから勝海舟、大久保利通、小栗上野介、岩崎弥太郎等かしら。
強烈な印象というところだと吉田松蔭ですかね。
しかし、今回取り上げるのは大村益次郎です。
私が大村について知っている事といえば、
おでこが広い。
医者。
長州出身なのに宇和島藩。
このくらいか。
というわけでWikipediaから引用。
周防国吉敷郡鋳銭司(すぜんじ)村(現・山口県山口市鋳銭司)に生まれる。天保13年(1842年)、防府の梅田幽斎に医学や蘭学を学び、天保14年(1843年)4月には、梅田の勧めで豊後国日田の広瀬淡窓の門下となり、44年6月まで学ぶ。弘化3年(1846年)には大坂に出て緒方洪庵の適塾で学ぶ。適塾在籍の間に長崎に1年間遊学する。長崎遊学後、塾頭まで進む。嘉永3年(1850年)父親に請われ帰郷し村医となり、村田良庵と名乗る。嘉永4年(1851年)隣村の農家の娘・琴子と結婚する。
いきなり長州じゃなかった。。。
若き日の大村はどう見ても医者である。それも名医になろうという志を感じる。緒方洪庵の適塾というのは凄まじかったみたいで。徹底したスパルタ教育。寝食を共にして皆が皆塾頭を目指すという。時代がそういうものを要求したのだろうか。人間の本質は勉強をしたいんだよ。
という事で、次回は宇和島の益次郎です。

