2005年12月23日

おーい大村くん

根多が無いと隣のネロ君に相談すると幕末をやるように言われたので、今回の歴史再考シリーズは幕末から幾つか。
幕末の天才っていうと誰を浮かべますか?
文句無しは坂本竜馬。それから勝海舟、大久保利通、小栗上野介、岩崎弥太郎等かしら。
強烈な印象というところだと吉田松蔭ですかね。
しかし、今回取り上げるのは大村益次郎です。

私が大村について知っている事といえば、
おでこが広い。
医者。
長州出身なのに宇和島藩。

このくらいか。
というわけでWikipediaから引用。

周防国吉敷郡鋳銭司(すぜんじ)村(現・山口県山口市鋳銭司)に生まれる。天保13年(1842年)、防府の梅田幽斎に医学や蘭学を学び、天保14年(1843年)4月には、梅田の勧めで豊後国日田の広瀬淡窓の門下となり、44年6月まで学ぶ。弘化3年(1846年)には大坂に出て緒方洪庵の適塾で学ぶ。適塾在籍の間に長崎に1年間遊学する。長崎遊学後、塾頭まで進む。嘉永3年(1850年)父親に請われ帰郷し村医となり、村田良庵と名乗る。嘉永4年(1851年)隣村の農家の娘・琴子と結婚する。

いきなり長州じゃなかった。。。
若き日の大村はどう見ても医者である。それも名医になろうという志を感じる。緒方洪庵の適塾というのは凄まじかったみたいで。徹底したスパルタ教育。寝食を共にして皆が皆塾頭を目指すという。時代がそういうものを要求したのだろうか。人間の本質は勉強をしたいんだよ。

という事で、次回は宇和島の益次郎です。



posted by 入船亭扇里 at 01:50| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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