コイツしかいないだろう、バイバルス。
またも「激動ユーラシア」から引用。
バフリー・マムルーク朝第5代スルタン。トルコ系キプチャク族の出身。
1242年、モンゴル軍の襲撃で捕虜となり奴隷商人に売り渡された。奴隷時代は褐色の肌と隻眼(実際には片方の眼が極端に小さかったらしい)のため労働力としての買い手がつかない悲惨な状況にあったが馬術が抜群に秀でていたのを見込まれアイユーブ朝の貴族に買われてから軍人としての道が開かれた。アイユーブ朝ではスルタンの護衛隊長にまで出世、1250年にはマムルーク騎兵を率いて十字軍を撃退しルイ9世を捕虜にした。
この時点でかなり魅力的な人物に見えてしまう。
1259年にマムルーク朝第4代スルタンのクトゥズに仕え、翌1260年アイン=ジャールートの戦ではシリア駐留のモンゴル軍に初めて完勝し司令官キトブカを戦死させた。同年、互いに存在を危険視していたクトゥズを殺害し自らスルタンに即位。
マムルーク朝というのはモンゴル軍の侵攻を止めたのですね。それまでのモンゴル軍はまさに無敵。騎馬戦術で世界をまさに駆逐していましたが、このバイバルスの登場や日本、ベトナム遠征の失敗から、緩やかな連合国家と姿を変えていきました。
しかしまぁ、ヨーロッパにとってはマムルーク朝もモンゴルも悪魔にしか見えなかったでしょうね。
2006年09月06日
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