2007年03月02日

神話から歴史へ

明日は黒門亭です。思い出さなきゃ。まさかこんな時期にやるとはね。


昨日と同様に全て私の妄想です。

鉄器の文化を持った第二次弥生人は土着すると第一次弥生人を攻撃した。
先ず着いたのは北九州だろう。製鉄の文化はヒッタイトからトルキスタン、天山山脈を経て秦に中原を統一させ、朝鮮半島から来たという方が妥当。但し、製鉄の文化はあっても鉄鉱石を採掘する技術はまだ伝わっていなかったと思う。
第二次弥生人の代表が天照大神の孫である天忍穂耳神(アメノオシホミミノカミ)。韓国の人がよく天皇家の先祖は朝鮮から渡って来たとか言いますが、当たり前です。そんな事はどうでも良いのです。土着して混血したのですから日本民族に間違いはない訳で。それを全て受け入れる土壌が既に古代日本にはあったと思います。第一古代の朝鮮半島も中国の亡命者が建国しています。歴史とはそういうものなのです。

大国主をはじめとする第一次弥生人と第二次弥生人の戦いの痕跡は「国譲り」の神話に見る事ができます。実際は戦ったんでしょうが、神話の上では話し合いで大国主が国を譲っています。しかし小国乱立の日本列島(特に西側)は柔軟な姿勢で鉄器文化を受け入れる。それにより緩やかな連合国が出来上がったのだと思います。
始めの議長国はやはり北九州の天忍穂耳神の国だったのでしょう。なにより朝鮮に近いので鉄鉱石を輸入する通過点になる。おそらく邪馬台国もここだと思います。ところが覇権争いが始まり、北九州はその争いに敗れます。魏志倭人伝には卑弥呼の軍は負け、卑弥呼が死亡(暗殺説もある)し、豊与が推戴される。この時世襲じゃなかったのがポイント。議長国を決めるのですから世襲である必要は無いのです。ではどこが邪馬台国に勝ったのか、これが皮肉にも出雲だと思います。出雲は日本海に面し、海を渡れば朝鮮には楽々行けます、おそらく竹島も通ったでしょう。鉄鉱石を輸入し、さらには採掘も出来るようになり、砂鉄から製鉄する技術も習得したと思います。ダイダラボッチは出雲発祥ではないですか。
そこで出雲を始めとした西日本の国々(東はアイヌ・縄文人の勢力だった)は新たな議長として豊与を推戴したのではなかろうか。豊与=神功皇后説を受け入れれば皇室の祖先になる。その政権を支えたのが出雲出身の蘇我・物部・尾張といった豪族だったのでしょう。

あー妄想は楽しい。
posted by 入船亭扇里 at 01:01| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
邪馬台国は大国だったとは思いますが、実は魏に勝手に倭の王だと朝貢しただけではないかと。決して議長的な位置にはいなかったのではないかと思ってたんですがね。ねむー
Posted by ケン坊 at 2007年03月02日 12:37
卑弥呼の死んだ年、248年に皆既日食が起こっているんですよね。これと天の岩戸神話が酷似していることから大和朝廷となんらかの関わりがあったと思うのですが。一応妄想上で初代議長としてみました。
関裕二氏の本では偽ヤマトになってますね。
Posted by 扇里 at 2007年03月03日 00:02
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