無精髭に汗が絡む季節です。なんだか髭がいつもよりよく伸びる気がする。
昨日のコメントで事代主神の事が出てきたので、少しその辺でお茶を濁します。
建御名方神(Wikipedea)
事代主神の弟です。父は当然大国主命。
建御雷神が大国主命に国を譲るよう迫ると(脅迫だな)、事代主と違い徹底的にこれに抗戦した。ところが建御雷神は強く、科野(信濃)の州羽(諏訪)まで追い詰められてしまう。建御名方神は「ここから出ないから助けてくれ」と降伏。以後諏訪大社に祀られる。
記紀はそのように伝えるが実際は大きな戦があったのだろう。そして建御名方神は恨みを残したまま殺されたのだと思う。何故なら祀られているから。
出雲大社の大国主命にしてもそうだが、負けた側が祀られているのは勝った側が恨まれていると感じるからだ。丁重に祀らないと祟りが怖い。
因みに建御雷神は藤原氏の氏神、一説では祖とされています。
無理やりだなぁ。
2007年07月03日
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となると、大国主命も聖徳太子みたく偶像の可能性もあるわけでして、関先生は伽耶王子の都怒我阿羅斯等、天日槍が大国主命と仮説をたてられてましたが、どうなのかと。
とりあえず、神功皇后、トヨ、仲哀天皇、出雲国造家あたり、整理してみたいです。
しかし恐ろしいのは不比等登場以後に古代からの豪族はどんどん消えていっている事ですね。歴史からも政治上も抹殺されています。
出雲国造家には本当の歴史が伝わっているんじゃないですかね。表には出せない事だらけでしょうけど。