セントラルは全部総力戦になってきた。こうなると一番有利なのは層の厚い水道橋球団か。
応仁の乱以降を戦国時代と呼ぶそうな。
もちろん室町幕府は続いているのだけれども、群雄割拠して国内の統制の取れなかった時代。日本史上このような現象は珍しいので人気のある時代。
戦国のテーマといえば「下克上」。では下克上とは何か。
下克上(Wikipedia)
下剋上 / 下克上 (げこくじょう)とは、日本史において下位の者が上位の者を政治的、軍事的に打倒して身分秩序を侵す行為をさす。
このあたりが日本人らしくないのだろう。
始めの下克上は、
1441年(嘉吉1)には6代将軍の足利義教が家臣の赤松満祐親子により暗殺される嘉吉の乱が起こる。
だそうだ。
そんな事を言えば足利尊氏が後醍醐天皇に叛旗を翻したのも下克上っぽいが尊氏は北朝を興してその家臣となっているし、名目上は新田義貞を討つという事だったのでこれには加えないのだろう。
では戦国の世は下克上によって成り上がった大名ばかりだったのかというとそうでもない。武田信玄や上杉謙信、今川、伊達、六角、大友、島津といったのは守護大名、つまりは旧秩序の大名達。
下克上はとんでもない行為のようだが良い側面もある。身分秩序が壊れた事によって幅広い人材登用が行われ、優秀な人物が歴史に登場しやすくなるという事だ。前記の守護大名達はそれが出来ずに国内の旧臣を重視して時代に乗り遅れ滅ぼされたり後手を踏む事になる。大河ドラマで山本勘助が人気だが、彼は甲斐出身でないため信玄の腹心と伝えられながらも武田家では決して出世できなかった。
そう考えると信長は凄いな、と。という訳でそのうち信長考。
2007年09月26日
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信長には憧れますが、上司だと一番に謀叛おこすタイプの僕です。
光秀みたいな勇気はないので、義昭みたいに武田や上杉をたきつける陰湿なタイプだな。
信長が上司は嫌だなぁ。それより戦国の世には生まれたくないです。
当たったことは一度もありません。鎧の脇腹をかすったことはありますが。
思うんです。先祖か前世は間違いなく戦国の雑兵だと。すんません。あほな話しをしました。
ちなみに私の曽祖父は伊達の家老だったりします。