2007年10月01日

そして信長考

見事に9着10着11着という結果でした。ある意味並ぶのが凄い。


信長が家督を継いだ時の勢力は尾張の半分にも満たなかった。
武田信玄、上杉謙信、北条氏康、今川義元等既に大大名が割拠していた時にこの勢力差はあまりにも不利だ。では何故信長が天下を取れたのか。(志半ばで殺されちゃったけど)
この疑問に答えてくれたのはイザワ先生だった。
「信長には天下を取るという意志があった」
単純なようだがこれが正解なのは間違いない。他の大名にはその意志が感じられないからだ。武田信玄に天下を取る気があったのなら、上杉謙信と小競り合いなどせずに真っ直ぐ京へ向かえばよかった。何故そうしなかったのかといえばその気がなかったからだろう。晩年に上洛の兵を起こしたがあまりにも遅すぎる。三方ヶ原後も生きていたとしても信長の勢力が強すぎて撃退されていただろう。
そして農民兵が主だったこの時代に傭兵を採用して常備軍を作った。
信長軍は一年中兵を使えた。これも何故他の大名がしなかったのかといえばその気がなかったからに他ならない。但し傭兵には金がかかる。信長は商業を重視して金を集めた。もちろん傭兵を雇う為にだ。
天下を取る意志があってその為に行動する、というのが一番の資質のようです。

そのうち再度信長考を。
posted by 入船亭扇里 at 00:33| 東京 ??| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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