2007年11月15日

系図の改竄は日常茶飯事

肉野菜炒めを食べていたら、「どうして家康は徳川氏を選んだのだろう?」と疑問に思ったので調べてみた。

先ず断っておきたいのは、家康は「徳川氏」を始めは藤原系だと称した事だ。これがいつの間にか源氏になってしまった。
そもそも「徳川氏」とは「得川氏」で新田義重の四男得川四郎義季を祖とする。新田義重は新田氏の祖で八幡太郎義家の孫。下野国新田郷を与えられたので新田と称した。領地を名乗りにするので苗字という。姓はもちろん「源」になる。
義季は得川郷と世良田郷を譲られ、後に「世良田氏」もできる。
ところが得川氏は二代で滅んでしまい。義季の系統は世良田氏のみとなってしまう。
南朝方の世良田親氏は北朝の追捕を避けるため時宗の僧となり徳阿弥と称した。そして三河に流れつき松平氏に入り婿したのだという。ちなみに松平氏に入婿する前にやはり三河国酒井村の領主に徳阿弥は入婿していて、そこで生まれた子が酒井氏の祖だと言う。どんだけ遊び人なんだか。
もちろんこれは家康の捏造である事は間違いない。始めに藤原氏を称したのは三河守になるためで、その時も源氏と称したかったが上手くいかなかったため。将軍職が現実になるにつれて源氏になるよう働きかけたのだろう。
始めに世良田後継を名乗ったのは祖父松平清康だというから、その流れもあったのか。いっその事「新田」って名乗っちゃえばよかったかもね。
posted by 入船亭扇里 at 22:06| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
世良田ってきくと、いつも影武者徳川家康を思い出す。
Posted by ケン坊 at 2007年11月16日 12:01
ソレ次にネタにしようと思ってたw
Posted by 扇里 at 2007年11月16日 22:36
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