2008年01月26日

執権北条D

梅香亭のハヤシライスを食べに行こうと関内まで。
店の前で絶句。「本日休業」ついてない。


北条時宗(Wikipedia)

フビライからの国書は以下のようなものだった。

天の慈しみを受けて最高の位についた、
大蒙古国の皇帝が、書を、
 日本の国王に送る。
 朕思うに、昔から小国の王は国境が接する国とは
 修好につとめるものである。
 ましてや、朕の
先祖は、天の命によって世界の所有者となっている。
 遠方の異国でも朕の威力を畏れ徳を慕うものは数え
 切れないほどである。
 朕が即位したばかりのころ、高麗(朝鮮半島)の民
 が戦乱に疲れていたので戦争をやめて講和し、
 老人と子供を故郷に帰らせた。
 高麗は感謝して朝貢に来た。
 朕と高麗とは、君と臣の関係だが、喜びあうこと
 は父子のような間柄である。
 おまえやおまえの重臣、その家臣たちも、この事は知っているであろう。
 高麗は朕の東方の属国である。
 日本は高麗に接した国で、建国以来しばしば中国に
 朝貢に来た。
 ところが、朕の代になってからは、ただの一度も来ていない。
 おそらくは、
 おまえの国は世界の情勢を知らないのであろう。
 したがって使いを派遣し、国書を持たせて、
 朕の意思を知らせる。
 いまから親交を結ぼうではないか。
 聖人は世界を一家と考える。
 親交を結ばないのは、一家とは言えないことである。
 朕も軍事力を使いたくはない。
 よく考えなさい。
 それでは・・・。
   至元三年八月日
http://www.asahi-net.or.jp/~xx8f-ishr/mouko_kokusyo.htmから参照)

強いとはいえ新興の国の国書としては無礼過ぎる。特に「大蒙古国」というのがいただけない。中国の国家ならこんな国号は使わないはずだ。それだけまだモンゴルは中国化していなかったということか。
幕府の選択はなんと黙殺だった。これは外交のセンスが悪い。国際情勢が見えていないにしても、高麗を服属させているのも宋を攻めているのもわかっていただろう。そこへ返事をしないのは相手の感情を逆撫でするだけだ。フビライはこの後も何度か使者を送るが幕府はついに返事をしなかった。

その間朝廷は何をしていたかというと平和のための祈祷をしたり、平和を祈る歌を作ったりしていた。現代でも同じような人が居るので笑うに笑えない。
フビライはとうとう武力討伐を決断する。
高麗に命じて大小900の軍船を半年で建造させる。軍費は高麗持ち。ついでに食糧の供給も先陣も高麗軍。無条件降伏するとは悲しい事だ。
その動きを察知した幕府は異国警護番役を設置し少弐氏や大友氏に指揮を命じる。
そして遂に元・高麗軍は来た。
posted by 入船亭扇里 at 00:43| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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