2008年02月06日

執権北条H

末広亭。

一、垂乳女         扇里

今日は団体のお客様もお見えでなかなか陽気でした。
その後協会事務所に行ったら支払調書を渡される。そんな時期なんですね。


北条師時(Wikipedia)

貞時の嫡男高時の成人までの間は「つなぎ役」の執権が乱立する。
師時は貞時の従兄弟で執権就任後も貞時の実質的な政治支配は続いていた。師時としては貞時が早く死ねば自分の時代がくるだろうというところだが、貞時より一月早く死んでしまう。

北条宗宣(Wikipedia)

北条煕時(Wikipedia)

北条基時(Wikipedia)

北条氏が源氏三代の執事的役割だったように北条得宗家にも内管領と呼ばれる執事のようなものができた。長崎氏というこの一族は平頼綱とは同族で幕府の終盤にその力を強める。こういう事は歴史の上ではよくある。足利氏が将軍に就任すると足利氏の私兵であった上杉・山名・細川・斯波といった氏族が力を得て覇権を争ったのと同じ事だ。
この時の内管領の名を長崎高綱、後に法名を円喜という。
高綱は子の高資と共に幕政を握る。
次々と執権を変える。これは恐らく長く執権をやらせる事によって力をつけさせない為だろう。そして貞時の嫡男高時が執権に就任する。
posted by 入船亭扇里 at 21:45| 東京 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 落語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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