久しぶりに関裕二氏の本を読んでいたらまた古代史を書きたくなってきた。
普段こんな話する相手もいないしなぁ。ケン坊さん東京来る用無い?来週末に新幹線で岡山通過するんだけどね。
関裕二氏はトンデモ説っぽいのも多いのだけれども神功皇后=トヨ説とかはかなり好き。「後漢書」を読んでいるはずの「日本書紀」の編者が邪馬台国について何も知らないのはおかしい。書けない理由があったんだろう。王朝交替説にも少し影響を受けている私は吉備と出雲の争いが祟神系と応神系の争いがやはりあったと思う。祟神系は吉備中心、応神系は出雲中心といったところか。出雲勢力は日本海沿岸北陸から山陰に掛けての勢力、吉備は瀬戸内海と畿内が勢力かな。他の北九州、東海勢力は出雲についた。北九州はトヨに征服されたからで東海はその後の尾張氏の活躍をみれば出雲についたのは想像できる。出雲のトヨ一族は天皇になったと。祭祀がトヨ一族なら政治は蘇我氏。武内宿禰が本当に祖先なら同族という事になるか。少なくとも武内宿禰は出雲系かな。祀ってある神社が日本海側に集中している。神功皇后もそう。
聖徳太子とか壬申の乱とかも誰か話し相手が欲しい。
2008年04月18日
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/93830374
この記事へのトラックバック
http://blog.seesaa.jp/tb/93830374
この記事へのトラックバック
邪馬台国は能古島だ。
と幼い頃から擦り込まれてます。
太子、かなり好きっす。
サイキックなとこばっかり焦点あたってるけれど
奈良で法隆寺の六角堂は
どんだけ眺めても飽きませんでした。
西洋古代なら、アンデス文明はなんでも聞いて!!
アンデス文明ってよく知りません。インカ以前も当然あるんですよね。あと日本史的に邪馬台国の位置はそれほど重要でない気もします。
インカも結局は各都市を侵略した結果できた都市なので。土器もシンプルすぎてつまんないし。
太子は、何じゃかんじゃいって、存在はしてたと思うのが個人的な印象です。文献は偏りがあるけれど。
邪馬台国、畿内説などありますが、やはし弱いよね。
贔屓目抜きでも能古島が有力かと思います。
太子の所業は殆ど蘇我氏によるものだったというのが持論です。その能書きというか妄想はそのうち書きます。
私も畿内説は弱いと思います。でも東北とかも結構面白いと思いますよ。