義仲との共通点が全くわかりません。書いている内に気がつくかもしれませんが、もし「気がついちゃったよ」とか「もしかして」と思った方はメールなりコメントなりください。いや、もうここは書き手、読み手が皆で考察する為のページだ。
芭蕉は寛永21年(1644年)に伊賀上野に生まれる。幼名は金作、名は宗房。通称は藤七郎、忠右衛門、甚七郎と三つもある。この辺が怪しい。
若くして、伊賀国上野の侍大将・藤堂新七郎良清の嗣子・主計良忠(俳号は蝉吟)に仕え、2歳年上の良忠とともに北村季吟に師事して俳諧の道に入った。1666年に良忠が歿するとともに仕官を退く。1675年に江戸に下り、神田上水の工事に携わった後、1678年に宗匠となり、職業的な俳諧師となった。1680年に深川に草庵を結ぶ。芭蕉の木を一株植えたのが大いに茂ったので「芭蕉庵」と名付けた。
(Wikipediaより引用)
その後は旅に出て幾つもの紀行文を記している。元禄7年10月12日(1694年11月28日)大坂で「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」という句を詠み客死した。享年50歳。
そして生前からの遺言により義仲の隣に葬られる。そこで弟子の又玄が詠んだのが「木曽殿と背中合わせの寒さかな」
この間メールでご指摘を受けましたが、「宮戸川」等に出てくるこの句は明らかに引用を間違っています。
また芭蕉は隠密だったという説があります。伊賀上野出身というのもそうですが歩く速さ、そして行動の不自然さからそういう説が出たのでしょう。私はこの意見には賛成です。忍者なら名が知れてはマズイという意見もあるかもしれませんが、俳諧師として顔が知れているなら逆手にとって、何処へ行っても信用されるという大きな利点があります。
まだまだ見つけられないので「奥の細道」の旅程を書いてみます。
元禄2年春、芭蕉庵を引き払う。
↓
3月27日 千住
↓
4月1日 日光
↓
4月20日 白河の関
↓
5月9日 松島
↓
5月13日 平泉
↓
5月27日 山形領 立石寺
↓
5月29日 新庄
↓
6月16日 象潟
↓
7月4日 越後 出雲崎
↓
7月13日 市振の関
↓
7月〜8月初 山中温泉
↓
8月21日 大垣
もちろんざっとで全部ではない。
とりあえず、隠密であるという事は解った気がする。歩く速さではない。この道中には仙台藩、加賀藩等有力な外様大名が存在する。この各領を調査するのに俳諧師に変装(本物でもあるのだが)というのは良い手だ。ましてや時代は江戸時代初期。頻繁に大名が取り潰されていた時代である。
あまりに長くなったので今日はこの辺で止めるけど、以後も調査してみたい。気付いた方はよろしく!このブログはあらゆる事を研究する為のブログですから。
2006年07月04日
2006年07月03日
気がついたら夜中。。。
久々に競馬やっても駄目ですね。
かする事はかするのですが、1着3着とか軸馬4着とか多過ぎ。詰めが甘くなっています。
函館スプリントステークスもタニノマティーニが粘ったと思った瞬間の出来事だったものなぁ。今日の会心は、福島9Rのカネマサデュークのみ。オッズ見た瞬間に貰った!と思えた。競馬も休んじゃいけないってことですかね。
帰りの電車できっと寂しがっているネロ君に電話すると中野駅近くでパチンコしているとの事。傷を舐め合いたくて付き合う。これが正解で競馬の負けを取り返す。いやいや競馬で儲けたいのですよ、私は。ええ、こんなヨン様なんてどうでも良いのです。
そして二人して飲む。
「お疲れ様」
という言葉すら空しい。二人共黒字な訳だが。
適度に(食い疲れするくらい)飲み食いして帰ったら寝ちゃうし。
何度も起きたり寝たりしていて、あーブログと思ったらこの時間だし。
言い訳がちな時はどうにも不健康だ。
かする事はかするのですが、1着3着とか軸馬4着とか多過ぎ。詰めが甘くなっています。
函館スプリントステークスもタニノマティーニが粘ったと思った瞬間の出来事だったものなぁ。今日の会心は、福島9Rのカネマサデュークのみ。オッズ見た瞬間に貰った!と思えた。競馬も休んじゃいけないってことですかね。
帰りの電車できっと寂しがっているネロ君に電話すると中野駅近くでパチンコしているとの事。傷を舐め合いたくて付き合う。これが正解で競馬の負けを取り返す。いやいや競馬で儲けたいのですよ、私は。ええ、こんなヨン様なんてどうでも良いのです。
そして二人して飲む。
「お疲れ様」
という言葉すら空しい。二人共黒字な訳だが。
適度に(食い疲れするくらい)飲み食いして帰ったら寝ちゃうし。
何度も起きたり寝たりしていて、あーブログと思ったらこの時間だし。
言い訳がちな時はどうにも不健康だ。
2006年07月02日
いったい機会はいつ訪れるのだろう・・・
朝は師匠宅へ弟子一同でお中元に。恐ろしい事に全員揃った、珍しい。
「叛逆王ユニカ」
「パレスタ奪回作戦」井沢元彦(ハルキ文庫)
冒険ファンタジーですよ。井沢氏もこんなの書いていたんですね。歴史ミステリーよりは読みやすく、田中芳樹ファンも喜びそうな内容。いや、田中氏よりもよりリアリズムがある。
無抵抗の防衛というのはありえないんだな。田中氏との違いはそこ。田中氏は最終的に武器無き平和を目指してしまうのだけれども、それは現実的ではない。世の中話し合いで通じる相手ばかりではないし、一度相手の要求を飲んでしまうと今度はそれ以上を要求してくる。この方が現実的だし、今現在の日本ってそうじゃないのかな。
海の向こうから策略に長けた軍団が襲ってくるというのは、夢物語ではないのだし、明日あってもおかしくない。その時無条件降伏だけはしないでもらいたい。
「叛逆王ユニカ」
「パレスタ奪回作戦」井沢元彦(ハルキ文庫)
冒険ファンタジーですよ。井沢氏もこんなの書いていたんですね。歴史ミステリーよりは読みやすく、田中芳樹ファンも喜びそうな内容。いや、田中氏よりもよりリアリズムがある。
無抵抗の防衛というのはありえないんだな。田中氏との違いはそこ。田中氏は最終的に武器無き平和を目指してしまうのだけれども、それは現実的ではない。世の中話し合いで通じる相手ばかりではないし、一度相手の要求を飲んでしまうと今度はそれ以上を要求してくる。この方が現実的だし、今現在の日本ってそうじゃないのかな。
海の向こうから策略に長けた軍団が襲ってくるというのは、夢物語ではないのだし、明日あってもおかしくない。その時無条件降伏だけはしないでもらいたい。
2006年07月01日
次の機会はまたの機会
師匠の着物を回収しに末広亭へ。小三治師匠がトリなので遊びに行きたいという気持ちもあったが、用も無いのに行くのは気が引けてしまい楽日になる。扇橋は毎日残って小三治師匠の噺を聴いていたそうだ。行かないで良かったという事はないが、この二人の間に水を差してはいけない。タダナラヌ関係だからね。(誤解を生みそうだ)
その後紀伊国屋ホールへ。今月の紀伊国屋寄席は師匠がトリ。末広亭の高座を降りてからでもゆっくり歩いて間に合う。(それでも徒歩5分)
こちらはの番組は、
一、唖の釣り 喬之進
一、旅行日記 吉窓
一、死神 さん喬
一、小言幸兵衛 志らく
一、ねずみ 扇橋
師匠は自由気侭なまくらたっぷりの高座だったなぁ。師匠の噺を聴きたいという人はきっとこの空気がすきなんだろうな、と思った次第。
その後紀伊国屋ホールへ。今月の紀伊国屋寄席は師匠がトリ。末広亭の高座を降りてからでもゆっくり歩いて間に合う。(それでも徒歩5分)
こちらはの番組は、
一、唖の釣り 喬之進
一、旅行日記 吉窓
一、死神 さん喬
一、小言幸兵衛 志らく
一、ねずみ 扇橋
師匠は自由気侭なまくらたっぷりの高座だったなぁ。師匠の噺を聴きたいという人はきっとこの空気がすきなんだろうな、と思った次第。
2006年06月30日
木曾は大切
木曽殿と背中合わせの寒さかな
結構知られている事だが松尾芭蕉の墓は木曾義仲の墓の隣にある。
生前芭蕉の遺言によってここに葬られたそうで、芭蕉は義仲の生涯に思いを寄せていたという。そういう事で二人の共通点を考えてみる。本当に共通点があったらめっけもん。
木曾義仲は源義賢の次男として武蔵国に生まれる。幼少の頃に父義賢と伯父義朝(頼朝・義経の父)が対立し、義賢が義平(義朝の長男)に討たれると木曾に逃れ中原兼遠の庇護下に育つ。正妻葵御前、愛妾巴御前は共に兼遠の娘。
1180年に以仁王の令旨を受け挙兵。越後から北陸道を進み京を制圧。平氏を西走させた。おそらく軍事的才能なら義経と並ぶだろう。有名な倶梨伽羅峠の戦い等、意外性の人でもある。
京都に入った義仲は、従五位下左馬頭に任ぜられたが、京都の治安回復に失敗する。何故京の治安が乱れていたかは藤原氏・平氏の貴族政治が駄目だったという事で、何故義仲が京の治安を回復する必要があるのかというと朝廷にその力が無いからです。そんな必死な義仲を後白河法皇や貴族達は「教養の無い粗野な人物」と厭うようになっていった。
その後法皇を幽閉し1184年に征夷大将軍に就任したが頼朝と対立。同年宇治川の戦いで義経・範頼に敗れ近江国粟津で戦死。
義仲の墓のある義仲寺は室町時代に没地近くに建てられたという。
少なくとも義仲は運に恵まれない可哀想な人だ。平氏を京から追い出す為だけに生まれてきたと言っても良いかもしれない。頼朝というか義朝とは対立し続けるし。源氏はどう考えても一枚岩ではない。正確に言えば頼朝は関東武士の代表で、敵はそれ以外なのだろう。源氏全体の事は別に考えていない。
長くなり過ぎたんで芭蕉は次の機会に。
結構知られている事だが松尾芭蕉の墓は木曾義仲の墓の隣にある。
生前芭蕉の遺言によってここに葬られたそうで、芭蕉は義仲の生涯に思いを寄せていたという。そういう事で二人の共通点を考えてみる。本当に共通点があったらめっけもん。
木曾義仲は源義賢の次男として武蔵国に生まれる。幼少の頃に父義賢と伯父義朝(頼朝・義経の父)が対立し、義賢が義平(義朝の長男)に討たれると木曾に逃れ中原兼遠の庇護下に育つ。正妻葵御前、愛妾巴御前は共に兼遠の娘。
1180年に以仁王の令旨を受け挙兵。越後から北陸道を進み京を制圧。平氏を西走させた。おそらく軍事的才能なら義経と並ぶだろう。有名な倶梨伽羅峠の戦い等、意外性の人でもある。
京都に入った義仲は、従五位下左馬頭に任ぜられたが、京都の治安回復に失敗する。何故京の治安が乱れていたかは藤原氏・平氏の貴族政治が駄目だったという事で、何故義仲が京の治安を回復する必要があるのかというと朝廷にその力が無いからです。そんな必死な義仲を後白河法皇や貴族達は「教養の無い粗野な人物」と厭うようになっていった。
その後法皇を幽閉し1184年に征夷大将軍に就任したが頼朝と対立。同年宇治川の戦いで義経・範頼に敗れ近江国粟津で戦死。
義仲の墓のある義仲寺は室町時代に没地近くに建てられたという。
少なくとも義仲は運に恵まれない可哀想な人だ。平氏を京から追い出す為だけに生まれてきたと言っても良いかもしれない。頼朝というか義朝とは対立し続けるし。源氏はどう考えても一枚岩ではない。正確に言えば頼朝は関東武士の代表で、敵はそれ以外なのだろう。源氏全体の事は別に考えていない。
長くなり過ぎたんで芭蕉は次の機会に。
2006年06月29日
だらだらとした二ツ目の妄想
ワールドカップってまだやっているんですね。非国民呼ばわりされそうですが、ほとんど見ていません。(日本戦も)
先だって書いた小三治師匠の「明治維新はまだ終わっていない」という言葉が頭から離れません。小三治師匠は大佛次郎の「天皇の世紀」を読んでこう考えたらしいのですが。(因みに私は高校生の時に祖父からこの本を全巻譲り受けているのだが挫折している)書きたい事を全部書くと恐いので安全な事だけ書きます。
明治維新という事を簡単に説明すると、「日本が開国した」という事でしょう。別に幕府政治から天皇を中心とした政治に返ったという事ではないと思います。武士による政治はその後も続いています。薩摩であり長州であり、考え様によってはまだ続いているんじゃないでしょうか。(あまり触れたくないけど)政治家って地元の名士がなるものですし(そうでなきゃいけないだろうし)、地元の名士っていうのは大概は古い家柄である訳だし、古い家柄ってのは華族であり士族である訳ですから。昔の官僚だってほとんどが士族ですからね。
そういう事を考えれば日本にまだ民主主義なんていうのは根付いてないのかもしれない。日本という国はまだ未完成なのかもしれない。日本人という民族は何者かわからない。これなら「明治維新はまだ終わっていない」という言葉は適切であるのです。
先日ブー太郎校長がサッカーの日本の敗退について書いていた。目からウロコだった。
日本人にこの先必要なのはアイデンティティなのだろう。繰り返すようだけど日本人というものが何であるかを探るべきなんだと思う。地球全体、人類全体を考えるのはまだ早いと思う。その理由は書けない。この先何十年何百年かけてでもやるべき事なんだろうけど、多くの日本人は(私も含めて)そんな余裕は無い。長生きしなくちゃいけませんね。
あーやっぱり中途半端になった。校長が羨ましい。
先だって書いた小三治師匠の「明治維新はまだ終わっていない」という言葉が頭から離れません。小三治師匠は大佛次郎の「天皇の世紀」を読んでこう考えたらしいのですが。(因みに私は高校生の時に祖父からこの本を全巻譲り受けているのだが挫折している)書きたい事を全部書くと恐いので安全な事だけ書きます。
明治維新という事を簡単に説明すると、「日本が開国した」という事でしょう。別に幕府政治から天皇を中心とした政治に返ったという事ではないと思います。武士による政治はその後も続いています。薩摩であり長州であり、考え様によってはまだ続いているんじゃないでしょうか。(あまり触れたくないけど)政治家って地元の名士がなるものですし(そうでなきゃいけないだろうし)、地元の名士っていうのは大概は古い家柄である訳だし、古い家柄ってのは華族であり士族である訳ですから。昔の官僚だってほとんどが士族ですからね。
そういう事を考えれば日本にまだ民主主義なんていうのは根付いてないのかもしれない。日本という国はまだ未完成なのかもしれない。日本人という民族は何者かわからない。これなら「明治維新はまだ終わっていない」という言葉は適切であるのです。
先日ブー太郎校長がサッカーの日本の敗退について書いていた。目からウロコだった。
日本人にこの先必要なのはアイデンティティなのだろう。繰り返すようだけど日本人というものが何であるかを探るべきなんだと思う。地球全体、人類全体を考えるのはまだ早いと思う。その理由は書けない。この先何十年何百年かけてでもやるべき事なんだろうけど、多くの日本人は(私も含めて)そんな余裕は無い。長生きしなくちゃいけませんね。
あーやっぱり中途半端になった。校長が羨ましい。
2006年06月26日
ナリタセンチュリーは盲点でした
今日は月例俳句会。私の仕事は勿論書記。
12時からだったのだけれでも、いつも集まりが遅いから11時30分集合と連絡されていたらしく、そういう時に限って集まりが早く、私が一番遅いという立場上まずい事に。でもあまり気にしない。
今日の季題は、
「青梅」
「雨蛙」
「雪渓」
「雨」という字は筆だと難しい字だなと思いました。
その後表参道に行って藤枝リュウジさんの個展を見る。
「わーハッチポッチ!」
「わークインテット!」
と一人はしゃぐ。
さらに今度は町田へ。
「10ミニの箱」町田WESTVOX
カツオ(http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=katsuo0116)
大矢修司(http://fhp.jp/oya-world/)
SWAMPS(http://homepage.mac.com/swampyhatto/)
10−min(http://www.h3.dion.ne.jp/~ticker/index.html)
みんなキラキラでカッコヨクって可愛かった。
音楽って人のやる気まで刺激しますね。
12時からだったのだけれでも、いつも集まりが遅いから11時30分集合と連絡されていたらしく、そういう時に限って集まりが早く、私が一番遅いという立場上まずい事に。でもあまり気にしない。
今日の季題は、
「青梅」
「雨蛙」
「雪渓」
「雨」という字は筆だと難しい字だなと思いました。
その後表参道に行って藤枝リュウジさんの個展を見る。
「わーハッチポッチ!」
「わークインテット!」
と一人はしゃぐ。
さらに今度は町田へ。
「10ミニの箱」町田WESTVOX
カツオ(http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=katsuo0116)
大矢修司(http://fhp.jp/oya-world/)
SWAMPS(http://homepage.mac.com/swampyhatto/)
10−min(http://www.h3.dion.ne.jp/~ticker/index.html)
みんなキラキラでカッコヨクって可愛かった。
音楽って人のやる気まで刺激しますね。
2006年06月24日
この梅雨の時期に
いやー書く事が無いと昨日みたいに確証も何も取らずに書いてしまうオノレが恐ろしいです。人間の本質は我儘なのでしょうか、暴走なのでしょうか。
今日とてもここには書けないような仕事をした私はその帰りに古本屋でとあるDVDを今更ながら安価で購入しました。
「Ski Jumping Pairs」(エイ・ベックス)
そう、よく本屋などでデモが流れていたアレです。今更ながら見つけたら欲しくなってしまいました。
フルCGですがありえない動きの連続で面白過ぎます。スキー・ジャンプをペアでやるという誰もが考えそうな、それでいてそんなお馬鹿な事は誰もやらなそうな事で見事な金メダルです。
いや、ジャンプの動きも面白いんですけど一番は実況ですね。
解説まで笑わせてくれます。
私のお気に入りはフィンランドの双子、パン屋の息子。
今日とてもここには書けないような仕事をした私はその帰りに古本屋でとあるDVDを今更ながら安価で購入しました。
「Ski Jumping Pairs」(エイ・ベックス)
そう、よく本屋などでデモが流れていたアレです。今更ながら見つけたら欲しくなってしまいました。
フルCGですがありえない動きの連続で面白過ぎます。スキー・ジャンプをペアでやるという誰もが考えそうな、それでいてそんなお馬鹿な事は誰もやらなそうな事で見事な金メダルです。
いや、ジャンプの動きも面白いんですけど一番は実況ですね。
解説まで笑わせてくれます。
私のお気に入りはフィンランドの双子、パン屋の息子。
2006年06月23日
道後温泉にも伝わる
今日何もしていない私は改めて聖徳太子を考察するのです。
ご存知でしょうが「聖徳太子」というのは後に追贈されたのであって、生前は「厩戸皇子」「厩戸王」等と呼ばれていたのです。最近の教科書には「厩戸王(聖徳太子)」と表記されているようです。
この出生に関しては色々伝説があって、お馴染みの「厩の前で生まれた」とか「母の間人皇女は救世観音が胎内に入り、皇子を身籠もった」等というイエス・キリストに酷似した伝説があったりする。ここから日本とユダヤの関係とか物凄い話が展開する訳です。
そんな古代日本とユダヤに関連があるのかというと、全くそれがなかったとは言えない。古代日本の氏族に「秦(はた)氏」がいる。これは帰化人である事は間違いなく、「秦」という姓からも中国の王朝「秦(しん)」と関連があるのは間違いないだろう。そしてこの「秦」だが中国の春秋時代等に詳しい人はわかるだろうけど、中原の北西部に位置している。「秦」軍は他の国ではなかった騎乗の技術と豊富な鉄によって中原を統一してしまった。はっきりいって私は「秦」人は中国人ではないと思っている。では何人かというとそれがユダヤ人なのである。
古代バビロニアで捕囚されたユダヤ十二氏族(モーゼの子孫)の一部は突如姿を消している。彼等は約束の地「カナン」を目指して旅立って行ったという。そしてバビロニアから東へヒッタイト、トルキスタン、天山山脈、朝鮮半島、日本と見事に鉄の文化が流れるように続いている。「カナン」が日本であったとは考え難いが、彼らが東へ混血を繰り返しながら移住し続けた証拠にならないだろうか。
まぁイエスとの関連については当時中国には既に伝わっていた景教(ネストリウス派のキリスト教)の影響だと思いますけどね。
ご存知でしょうが「聖徳太子」というのは後に追贈されたのであって、生前は「厩戸皇子」「厩戸王」等と呼ばれていたのです。最近の教科書には「厩戸王(聖徳太子)」と表記されているようです。
この出生に関しては色々伝説があって、お馴染みの「厩の前で生まれた」とか「母の間人皇女は救世観音が胎内に入り、皇子を身籠もった」等というイエス・キリストに酷似した伝説があったりする。ここから日本とユダヤの関係とか物凄い話が展開する訳です。
そんな古代日本とユダヤに関連があるのかというと、全くそれがなかったとは言えない。古代日本の氏族に「秦(はた)氏」がいる。これは帰化人である事は間違いなく、「秦」という姓からも中国の王朝「秦(しん)」と関連があるのは間違いないだろう。そしてこの「秦」だが中国の春秋時代等に詳しい人はわかるだろうけど、中原の北西部に位置している。「秦」軍は他の国ではなかった騎乗の技術と豊富な鉄によって中原を統一してしまった。はっきりいって私は「秦」人は中国人ではないと思っている。では何人かというとそれがユダヤ人なのである。
古代バビロニアで捕囚されたユダヤ十二氏族(モーゼの子孫)の一部は突如姿を消している。彼等は約束の地「カナン」を目指して旅立って行ったという。そしてバビロニアから東へヒッタイト、トルキスタン、天山山脈、朝鮮半島、日本と見事に鉄の文化が流れるように続いている。「カナン」が日本であったとは考え難いが、彼らが東へ混血を繰り返しながら移住し続けた証拠にならないだろうか。
まぁイエスとの関連については当時中国には既に伝わっていた景教(ネストリウス派のキリスト教)の影響だと思いますけどね。
2006年06月22日
長い改革
『「攘夷」と「護憲」 幕末が教えてくれた日本人の大欠陥』井沢元彦/徳間文庫
攘夷論者と護憲論者はよく似ているという内容ですね。
幕末の折に攘夷を唱え開国を遅らせた(開国論者を暗殺する等して)人達は今から見れば滑稽でしかありませんが、当時それが主流であった事、幕府・朝廷も攘夷を唱えていたという事実もあり、決して異論では無かったのです。
実に良いタイミングで今日、NHK「その時、歴史が動いた」で薩英戦争をやっていました。薩摩藩も生麦事件等、バリバリの攘夷を唱えていたのです。
それが実際にイギリスと戦って(結果はイギリスのミスもありドロー)こいつはいけないと感じた訳です。番組ではイギリスの砲弾を例に上げていました。
ここから薩摩とイギリスの和睦が成り影ながら盟約を結ぶ事になるのです。
明治維新はここからはじまったと言っていい。
ですが小三治師匠は「明治維新はまだ終わっていない」と言っていました。名言だと思います。
攘夷論者と護憲論者はよく似ているという内容ですね。
幕末の折に攘夷を唱え開国を遅らせた(開国論者を暗殺する等して)人達は今から見れば滑稽でしかありませんが、当時それが主流であった事、幕府・朝廷も攘夷を唱えていたという事実もあり、決して異論では無かったのです。
実に良いタイミングで今日、NHK「その時、歴史が動いた」で薩英戦争をやっていました。薩摩藩も生麦事件等、バリバリの攘夷を唱えていたのです。
それが実際にイギリスと戦って(結果はイギリスのミスもありドロー)こいつはいけないと感じた訳です。番組ではイギリスの砲弾を例に上げていました。
ここから薩摩とイギリスの和睦が成り影ながら盟約を結ぶ事になるのです。
明治維新はここからはじまったと言っていい。
ですが小三治師匠は「明治維新はまだ終わっていない」と言っていました。名言だと思います。
2006年06月21日
こういう事書いた方が喜ばれるんだろうな
師匠の着物を回収に浅草へ。
楽屋に入ると兄弟子が二人。
「待ってたよ。師匠が釜揚げうどんを食べたがってる」
兄弟子二人は帰ってしまい、志ん五師匠と三人で釜揚げうどんと親子丼を食べる。そして喫茶店へ。
問題の師匠の発言。
「あれ、なんて言ったかな・・・パンなんだよ、ふわっと軟らかくってさ、これくらいの大きさで・・・」と手で形を作る。
「ホイル・・・なんとかって言ったかな・・・」
・・・?
喫茶店内は騒然。謎解きが始まる。
「師匠、ケーキじゃないんですか?」
「いやパンなんだよ」
「ブリオシュとか?」
「いやそんな英語みたいな名前じゃないんだよ」(ブリオシュは仏語)
「本当にケーキじゃないんですか?」
「いやだからパンなんだって」
パン屋に生まれた私にもさっぱりわからない。
そして帰ろうとしたその時・・・
「あーそうだ!シフォンケーキ!」
!!
ケーキじゃねぇか・・・しかも思いっきり英語だし。。。
騒動を起こした事を悪びれないお茶目な師匠でした。
楽屋に入ると兄弟子が二人。
「待ってたよ。師匠が釜揚げうどんを食べたがってる」
兄弟子二人は帰ってしまい、志ん五師匠と三人で釜揚げうどんと親子丼を食べる。そして喫茶店へ。
問題の師匠の発言。
「あれ、なんて言ったかな・・・パンなんだよ、ふわっと軟らかくってさ、これくらいの大きさで・・・」と手で形を作る。
「ホイル・・・なんとかって言ったかな・・・」
・・・?
喫茶店内は騒然。謎解きが始まる。
「師匠、ケーキじゃないんですか?」
「いやパンなんだよ」
「ブリオシュとか?」
「いやそんな英語みたいな名前じゃないんだよ」(ブリオシュは仏語)
「本当にケーキじゃないんですか?」
「いやだからパンなんだって」
パン屋に生まれた私にもさっぱりわからない。
そして帰ろうとしたその時・・・
「あーそうだ!シフォンケーキ!」
!!
ケーキじゃねぇか・・・しかも思いっきり英語だし。。。
騒動を起こした事を悪びれないお茶目な師匠でした。
2006年06月20日
自炊したら暑い・・・
いったい今日は何時間寝たんだろう。旅の後ここまで寝たのは久しぶり。
稽古をして本を読んでちょっと散歩して。
有意義な一日。
交流戦も終わった事だし私なりにベイスターズのオーダーを考えてみた。
(故障者無しだと)
石井琢 遊
内川 二
金城 右
多村 中
村田 三
小池 左
小田嶋 一
相川 捕
これが現状だと、
石井琢 遊
内川 二
村田 三
金城 中
小池 右
古木 左
小田嶋 一
相川 捕
かな。多村抜けただけだとそんなに変わらないのかな。後来年以降の為にも那須野・高宮を壊れない程度に使って欲しい。
どのみち貧打です事。。。
稽古をして本を読んでちょっと散歩して。
有意義な一日。
交流戦も終わった事だし私なりにベイスターズのオーダーを考えてみた。
(故障者無しだと)
石井琢 遊
内川 二
金城 右
多村 中
村田 三
小池 左
小田嶋 一
相川 捕
これが現状だと、
石井琢 遊
内川 二
村田 三
金城 中
小池 右
古木 左
小田嶋 一
相川 捕
かな。多村抜けただけだとそんなに変わらないのかな。後来年以降の為にも那須野・高宮を壊れない程度に使って欲しい。
どのみち貧打です事。。。
2006年06月18日
坊ちゃん百周年です
そんな訳で東京やなぎ句会in松山です。
「道後寄席番外編 坊ちゃん大句会」
松山市立子規記念博物館
入船亭扇橋
永六輔
大西信行
小沢昭一
加藤武
柳家小三治
矢野誠一
子規のお膝元で坊ちゃんをテーマにした句会とトークショー。この模様をNHKが収録していたんで放送があるかもしれません。
奇しくも今日のやなぎ句会は444回目。結果は大西さんの圧勝三連覇でした。
泊まりはもちろん道後温泉。今日最後の仕事は小三治・扇橋両師匠の背中を流す事でした。こんな旅なら高座無くても楽しいな。
「道後寄席番外編 坊ちゃん大句会」
松山市立子規記念博物館
入船亭扇橋
永六輔
大西信行
小沢昭一
加藤武
柳家小三治
矢野誠一
子規のお膝元で坊ちゃんをテーマにした句会とトークショー。この模様をNHKが収録していたんで放送があるかもしれません。
奇しくも今日のやなぎ句会は444回目。結果は大西さんの圧勝三連覇でした。
泊まりはもちろん道後温泉。今日最後の仕事は小三治・扇橋両師匠の背中を流す事でした。こんな旅なら高座無くても楽しいな。
2006年06月17日
また小噺作っちゃったよ
無事ADSL再開通。更新も楽になります。
しかしインターネットの無い仙人のような生活というのはある意味快適でしたね。これがあるせいで無意味に情報を得ようとしたりします。これは必ずしも良い事ではありません。考えてみれば元々インターネットなんて生まれた時は無かったものなんですから、携帯電話と同様に無ければ無いで何も困らないのです。ですがその存在を知ってしまった為に手元から無くなった時に必要性を感じてしまうのです。
そんな私は今日は思いっきりネットサーフィンをしていました。やはり私は俗物みたいです。知り合いのサイトを思いっきり見てきました。人のブログを思いっきり読みました。このブログもカテゴリを区別しました。MIXIは廻りきってないからもう少し待ってね。そして三国志NETにも参加しました。(本当かよ)
そんな私は明日松山に行ってしまうので今日この時間でまたお休みです。それもまた気楽。
しかしインターネットの無い仙人のような生活というのはある意味快適でしたね。これがあるせいで無意味に情報を得ようとしたりします。これは必ずしも良い事ではありません。考えてみれば元々インターネットなんて生まれた時は無かったものなんですから、携帯電話と同様に無ければ無いで何も困らないのです。ですがその存在を知ってしまった為に手元から無くなった時に必要性を感じてしまうのです。
そんな私は今日は思いっきりネットサーフィンをしていました。やはり私は俗物みたいです。知り合いのサイトを思いっきり見てきました。人のブログを思いっきり読みました。このブログもカテゴリを区別しました。MIXIは廻りきってないからもう少し待ってね。そして三国志NETにも参加しました。(本当かよ)
そんな私は明日松山に行ってしまうので今日この時間でまたお休みです。それもまた気楽。
2006年06月16日
子規 時鳥 杜鵑 不如帰
予定だと明日ネットが再開通します。
ぼーっと一日過ごしていると色々な事を考えてしまいますが、今日は小咄をいくつか作ってしまいました。まぁぼーっと作ったのでクオリティもそれなりで、おそらく人前で話す事は無いでしょうけど。
今週末は東京やなぎ句会のお供で松山まで行きます。松山といえば子規、虚子を輩出した所ですから、句会の場としては最高でしょう。まぁ本当のところは「坊ちゃん大句会」なんですけどね。
よって今週も競馬は休み。
ぼーっと一日過ごしていると色々な事を考えてしまいますが、今日は小咄をいくつか作ってしまいました。まぁぼーっと作ったのでクオリティもそれなりで、おそらく人前で話す事は無いでしょうけど。
今週末は東京やなぎ句会のお供で松山まで行きます。松山といえば子規、虚子を輩出した所ですから、句会の場としては最高でしょう。まぁ本当のところは「坊ちゃん大句会」なんですけどね。
よって今週も競馬は休み。
2006年06月15日
六連勝ならず
最近ひそかに夢中なのが中古で買ったゲーム「俺の屍を越えてゆけ」(略して「オレシカ」)懐かしい人も居るだろう。
何が良いって完全に読み物にしてしまったマニュアルが良い。これを読んでいるだけで遊んだ気になれる。
そして登場する敵キャラクターの河童の名前が「尻子玉大将」なのが良い。こんな完璧なネーミングはなかなか無い。他にも「屋台崩し」とか「狐の嫁入り」とか下手をすると妖怪辞典みたいだ。
ゲームのテーマは「世代交代」。代替わりしても同じ目的の為に戦い続けるとは悲しい一族だ。まぁそれじゃなきゃゲームにならないのだけれど。
ちなみに一族で代々同じ名前を襲名していくのだけれど私が選んだのは「柴田善臣」一族。これしかねーよ。
何が良いって完全に読み物にしてしまったマニュアルが良い。これを読んでいるだけで遊んだ気になれる。
そして登場する敵キャラクターの河童の名前が「尻子玉大将」なのが良い。こんな完璧なネーミングはなかなか無い。他にも「屋台崩し」とか「狐の嫁入り」とか下手をすると妖怪辞典みたいだ。
ゲームのテーマは「世代交代」。代替わりしても同じ目的の為に戦い続けるとは悲しい一族だ。まぁそれじゃなきゃゲームにならないのだけれど。
ちなみに一族で代々同じ名前を襲名していくのだけれど私が選んだのは「柴田善臣」一族。これしかねーよ。
2006年06月14日
舞台は完全に中国なんですね
歌舞伎鑑賞教室「国性爺合戦」国立劇場
この時期の国立劇場は鑑賞教室。という事で学生さんがずらり、というかぞろぞろ。
簡単な解説の後に芝居がある。初心者(私もだが)には優しい構成。それでも今回の芝居はちょいと難しかったかな。
それでも今回は義大夫の台詞が左右の画面に映るのでその点はわかりやすい。
今日の芝居の元になった歴史は先日「逆説の日本史」で読んだところだったので助かる。
明が清に滅ぼされた後、明の残党が徳川幕府を頼ったという。実際幕府は中国に兵を送る事はなく、この計画は失敗してしまったのだけれども。
尊大な中華思想を持つ漢民族が他国に救いを求めるのは遊牧民に侵略された時だけなんだねぇ。
この時期の国立劇場は鑑賞教室。という事で学生さんがずらり、というかぞろぞろ。
簡単な解説の後に芝居がある。初心者(私もだが)には優しい構成。それでも今回の芝居はちょいと難しかったかな。
それでも今回は義大夫の台詞が左右の画面に映るのでその点はわかりやすい。
今日の芝居の元になった歴史は先日「逆説の日本史」で読んだところだったので助かる。
明が清に滅ぼされた後、明の残党が徳川幕府を頼ったという。実際幕府は中国に兵を送る事はなく、この計画は失敗してしまったのだけれども。
尊大な中華思想を持つ漢民族が他国に救いを求めるのは遊牧民に侵略された時だけなんだねぇ。
2006年06月13日
キン肉マンに並ぶ
最近移動中は本を読むか寝るか。電車や飛行機で寝るのが本当に楽で熟睡できる。布団で寝るより熟睡しているのだから情けない体質だ。
本も文庫本を持っていれば一番良いのだけれど、忘れていたり読み終わったりすると出先で買ったりする。お陰で部屋は本だらけである。
そんな今日の私は「たまには漫画を真剣に読もう。なるべく時間の掛かるものを」と思い、手塚治の「ブッダ」を買って電車に乗った。名作漫画が文庫になっているのは良い事だと思います。
このままいくと来週には全巻揃ってしまうんだろうな。
本も文庫本を持っていれば一番良いのだけれど、忘れていたり読み終わったりすると出先で買ったりする。お陰で部屋は本だらけである。
そんな今日の私は「たまには漫画を真剣に読もう。なるべく時間の掛かるものを」と思い、手塚治の「ブッダ」を買って電車に乗った。名作漫画が文庫になっているのは良い事だと思います。
このままいくと来週には全巻揃ってしまうんだろうな。
2006年06月12日
お日柄は置いておいて
ホテルでしっかりと朝食を取り(ここ重要)那覇空港へ。
時間があるので空港内をうろうろ。そして師匠と順子先生の提案でソーキそばを食べる。席に着いたのは扇橋・ひろし先生・順子先生・私の四人。物凄いキャリアの壁。何の緊張感も無いけど。ソーキそば初体験のひろし先生もお喜びでした。
羽田に着いてから横浜へ。予告通り従兄弟の結婚式。大勢ではないけれど打ち解けた空気の素敵な式・披露宴でした。
私も余興を少し。全く根多をやらずに邪道に盛り上げました。(早い話が新郎いじり)
引き出物には新郎お手製と思われるサーターアンダギー。
しのぶさん、廣介おめでとうございます。
時間があるので空港内をうろうろ。そして師匠と順子先生の提案でソーキそばを食べる。席に着いたのは扇橋・ひろし先生・順子先生・私の四人。物凄いキャリアの壁。何の緊張感も無いけど。ソーキそば初体験のひろし先生もお喜びでした。
羽田に着いてから横浜へ。予告通り従兄弟の結婚式。大勢ではないけれど打ち解けた空気の素敵な式・披露宴でした。
私も余興を少し。全く根多をやらずに邪道に盛り上げました。(早い話が新郎いじり)
引き出物には新郎お手製と思われるサーターアンダギー。
しのぶさん、廣介おめでとうございます。
2006年06月11日
沖縄は豪雨でした
久しぶりに7時前に起きました。(ごめんなさい)
沖縄の梅雨明けは来週ぐらいだそうで、雨風の中飛行機は着陸を試みる。一回目着陸失敗。引き返してもう一回。大成功。
NHKラジオ「真打競演」収録
(敬称略)
一、昭和のいる こいる
一、大田屋元九郎
一、春風亭正朝
一、あした順子 ひろし
一、堺すすむ
一、入船亭扇橋
放送は来月4日と11日です。演目は放送をお楽しみに。
泡盛飲んでいい気持ち。
沖縄の梅雨明けは来週ぐらいだそうで、雨風の中飛行機は着陸を試みる。一回目着陸失敗。引き返してもう一回。大成功。
NHKラジオ「真打競演」収録
(敬称略)
一、昭和のいる こいる
一、大田屋元九郎
一、春風亭正朝
一、あした順子 ひろし
一、堺すすむ
一、入船亭扇橋
放送は来月4日と11日です。演目は放送をお楽しみに。
泡盛飲んでいい気持ち。