2006年02月05日

そしてよく食べました

具合はだいぶ良くなり、予想はしたけど買いに行かなくって良かった。
あとは喉がもうちょっとね。赤く腫れてます。

ごろごろしながら太閤〜をまたやった。
因みに伊達政宗は天下を統一して関白に任ぜられた。ここで「あー藤原氏だったんだ」と気が付く。関白は五摂家からしかなれませんものね。源氏だと征夷大将軍、それ以外は太政大臣になります。

それで今回は新武将坂田金時、適職は剣豪。ただ剣豪じゃつまらないのでしばらく用心棒の先生として過ごす。それで貯金がだいぶ出来たので、算術、弁舌を覚え金を稼ぐ。このまま海賊か忍者にでもなってしまうのもいいのだが、折角なので鍛冶屋を目指す。適職はどこへいった。
「相州伝」「美濃伝」「備中伝」「大和伝」「山城伝」を習得し、砂鉄を炭薪を使って製鉄する。それを刀にするのだ。僅か2年で政宗クラスの名刀が出来上がってしまった。
なので今度は鉄砲製作をする。火薬調合技術とかを学ぶ。ただ名称が出てくるだけでなく解説が付いてくるのが良い。豆知識の固まりですな。

ブー太郎校長がこの手のシリーズに反応してくれているのが嬉しいですね。俺も「信長の野望 武将風雲録」やりたいな。
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2006年02月03日

服部良一

誰でも子供の頃には忍者に憧れるものである。
私も水蜘蛛を自分で作り川に沈んだ一人である。また水遁の術を駆使しお風呂から出なかった事もある。その頃我が家は伊賀の里と呼ばれていた(嘘)

日本で一番初めの忍者は大海人皇子であるという説がある。初めかどうかはわからないが忍術を使ったのは本当らしい。

忍者の里といえば伊賀、甲賀、戸隠等が有名だ。伊賀忍者の服部半蔵は徳川家康に仕え江戸の警備等は伊賀者が担当した。松尾芭蕉が忍者という説もあるがこれは証拠は何も無い。また能の創始者である世阿弥は服部氏の出身だという。世の中よくわからない。

Wikipediaに忍者の方針という記事があった。

●戦い、殺しはできるだけ避ける。そのために遁術、五車の術などを発展させている。
●遠出する時には特に持ち物を少なくし、現地調達に頼る。(十字剣などは携帯に向かない)
●自分の正体がばれないように努力する。(特殊な形状の手裏剣はあまり使わない)四方髪(よもがみ)などを使う。
●自分が弱者だと思わせる。
●逃げる時には素早く。そのため、逃げる術が多い。

これは忍者だけでなく他の業種にも使えるんじゃないかと思った。
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2006年02月01日

伊達者の語源は政宗から

太閤〜伊達政宗プレイの中間報告。
父輝宗が死去したのは1592年。史実なら家督相続は1584年、輝宗死去は85年だからかなりのロスだ。
関東は北条家が羽柴、徳川両家に滅ぼされ、羽柴家には徳川の他に毛利、織田信雄、宇喜多秀家が従属。四国を完全に平定し、九州も島津が粘っているが今にも負けそうだ。
そんな中での相続、東北はまだまだ群雄割拠。
先ず政宗が行ったのは東北、北関東各大名家との同盟。南部、秋田、相馬、佐竹と結ぶ。その佐竹領に羽柴軍が侵攻。援軍に駆けつけた為羽柴家と開戦状態になる。
伊達家には何故だか九州の龍造寺旧臣を始め、真田信之・幸村兄弟が集まっており、一気に関東まで制圧。遅すぎたif物語りはここから始まる。

そんな訳で遅すぎた英雄とまで呼ばれた伊達政宗に天下を獲るチャンスが本当にあったのかどうかを考えてみよう。
結論から言えば実はあった。
それは家康がまだ秀吉に臣従している前、小牧・長久手の合戦の直前だ。当時家康は関東の北条家と結んでいた。そして北条家と伊達家は対佐竹家との間で関係は良好だった。つまり徳川‐北条‐伊達という同盟ラインが存在したのだ。
そして家康は対秀吉との間で織田信雄と結んでおり、秀吉を攻めるという大義名分もあった。
ここで信雄が秀吉に従属しなければまだまだ戦国の世は続いた筈なのである。
惜しむらくは天下を秀吉に譲ってしまった信雄の才能か。いや器という点なら秀吉の方が一枚も二枚も諸大名より上なのか。
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2006年01月31日

九郎判官

一時半頃浅草の楽屋に行くと主任の円菊師匠がもう楽屋入りしてた。
なにやら取材を受けるので早く来ていたみたいだ。私は師匠の着物を回収に行ったのでメイン楽屋の外、早い話が高座の裏で何故か居た金兵衛さんと話していると、用足しに来た円菊師匠に至近距離で「大変だねぇ」と言われてしまった。
金兵衛さんの解説によると、円菊師匠は若い頃志ん生師匠を背負って寄席を廻っていた苦労人なので、同じ様に苦労している人が好きなんだそうだ。別に私は師匠の鞄を持って歩いているだけなんで苦労だとは思っちゃいませんが。
苦労人ってのは円菊師匠とか扇橋とか完全に師匠に付きっきりで成長した人の事を言うんですよ。

でも円菊師匠は前扇橋に、
「噺ってのはおたくみたいに、苦労してきた人にしかできない」
って言ってましたから、円菊師匠基準だと私は将来良い芸人になります(笑)

そんな扇橋は帰りの電車の中で、小三治師匠の見世物小屋のまくらについてたっぷり話してくれました。もちろん物真似付き。
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2006年01月30日

場外馬券売り場でよく見る風景

今日はかすりもしなかったな。
昨日のインセンティブガイと同様、人気度チェックでB組(4〜6番人気相当)のメイショウボーラーが物色された。インセンティブは1番人気、メイショウは最終的には2番人気だったが直前まで1番人気。やはり物色されると駄目なんだな。
競馬の面白みというのは世間の視点との戦い方なんだろう。一般的な馬券親父が注目する馬というのはお客さんなんだろう。これは手拍子で蹴飛ばすべきだ。
実際に人気にはなってはいけない人気馬(武豊騎乗は除く)を見つけなくてはならないのだろう。オッズでなく日刊スポーツしか見ていなかった私は「メイショウボーラーこんなに人気無いのなら美味しいじゃん♪」と本命にしてしまった。馬券親父達も同じ事を考えていた為に人気になり7着と敗退してしまうのである。一方勝ったリミットレスビットは前走重賞をかったにも拘らず人気にならなかった。馬券親父も偶然という不確定なファクターで処理をしていたので痛い目にあったのである。

という事でこのままでは私が将来なるであろう馬券親父のファッションチェック。
先ずはズボン。絶対に足の線が出るような細い物は履かない。例えどんなに足が細くてもスラックス。それもグレー地のチェック。
そしてよくわからないダークな柄のシャツ。冬はネルシャツ。決して明るい色は着ない。
ジャケットはまたブランド不明の薄汚いダウン。余裕がある人は革ジャン。しかし色は絶対に黒。
頭にはキャップ帽。これまた黒一色。ロゴみたいなものはみつからない。
極め付けに顔が浅黒い。いや爪の先まで黒い。

こんな立派な大人にはなりたくないや。
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2006年01月29日

抵抗器

結局出した予想は両方とも3着か。東京新聞杯はともかく、京都はワイド3丁でまあまあ儲かり。大儲けというか大勝負にでられないので収支もややプラスでお終い。

帰ってから太閤〜伊達政宗プレイ。久しぶりに本腰を入れてみたい。最近は東海地方制圧とか御前試合優勝とかで満足してしまっていたので、たまには天下統一を目指そうと。
また愛(めご)姫の実家は私の先祖と縁も深い。そういや去年死んだ婆ちゃんは宇和島伊達家の家老の娘だ。何かと伊達さんの家とは縁がある。

ところが東北は呑気でいいが外の情勢が凄い。
いきなり天目山で武田勝頼が敗れ武田家滅亡。
と思うと本能寺の変。
山崎の合戦、清洲会議、賤ヶ岳の戦い、小牧長久手の戦いと当たり前と言えばそうだが、どんどん秀吉の勢いが増していく。このままじゃ東北も呑みこまれちゃうな。小田原遅参どころじゃないって。
ちなみに父輝政は誰にも殺されず元気です。
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2006年01月28日

疑うな

「曽我梅菊念力弦(そがきょうだい おもいのはりゆみ)」国立劇場

今年初の観劇。
仇討といえばの曽我兄弟。お墓は確か丹沢大山の麓にある。子供の時に行った事がある。
それは兎も角として、綯い交ぜにされた「おその六三郎」「おはん長兵衛」の方が長い。でもこっちの方が解り易いし、楽しいのかも。
それにしても因縁噺過ぎる。あんな不幸な人は居ないと思うほど。
女形の尾上菊之助さんは人生を狂わしてもおかしくないと思うほど綺麗だった。ぼーっとする。
新宿二丁目でも「才能」あると言われた私だが(笑)あんなに綺麗にはなれませんよ。
あの化粧と衣装は一回やってみたいと思うけど(おいおい)
でも体の構造上パンストってのは男には履き難い物じゃないですか。あれを履くなんてやはり辛い商売なんだろうな。
うん化粧くらいならしてもいいよ。うん、うん。
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2006年01月27日

町では斬り掛かられます

太閤〜で秀吉の関白就任までが異常に早かったので、今度は今川義元でやってみた。
目標は勿論東海地方統一。
いきなり三河の松平広忠(徳川家康の父)を攻める。今川義元と太原雪斎以外の武将が弱過ぎるのでてこずる。特に嫡男氏真が弱い。が圧倒的な兵力差で勝つ。松平家降伏。
間髪入れずに尾張の織田信秀(信長の父)を攻める。武将の能力に差があり過ぎる。今川勢は義元・雪斎の他には松平家から降伏してきた鳥居忠吉(元忠の父)、石川数正、酒井忠次。対する織田勢は信秀・信長・柴田勝家・丹羽長秀・木下籐吉郎と教科書にも出てきそうな面々。かなりてこずりながらも武田信玄の援軍を受けて倒す。もうぼろぼろ。しかしこれで桶狭間は起こらない。
柴田勝家を逃がすも織田家大半が降伏。
続いて尾張守護斯波氏。これはあっけなく倒す。一番楽だった。
次が強敵、美濃斎藤道三。
織田家が降伏した事で今川勢は義元・雪斎・信秀・信長・丹羽。かなり強くなった。だけど斎藤勢には何故だか明智光秀が居てあまりにも強かった。これも武田の援軍を持って倒す。
残る伊勢の北畠は楽。
なにせ今川軍の将には斎藤道三、明智光秀が加わったのだから。

そんな事をしながら宣戦布告も大義名分も無しに次から次へと攻めていたら悪名(というパラメーターがある)が物凄く上がってしまった。悪名満タン。伊勢へ攻め込む時に伊勢湾を渡っていると海賊に出くわしたが、
「何!今川義元!俺達なんかの叶う悪じゃねぇ!」と退散してしまった。
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2006年01月26日

新宿某所

また更新忘れる。
最近仕事もしないで飲んでいる日が多いから仕方ないな。そしてよく食べるし。

そういえば最近俳句会の事を書いていませんが、ここのところは遊一さんに行ってもらっているので書けないのです。
お互い暇な方が行くようにしているのですが、立て続けに行ってもらっている。今月は今日なんだけど、今日は私も暇なんだよね。

初めて句会の手伝いに行ったのはまだ見習いの時、その時は扇治兄・扇辰兄と交替で行ってた。初めて句会の手伝いをしたその場所が、今は勉強会の会場になっている。
そう思うと、字についても噺についても勉強させてもらっているんだなぁと思う。

少しづつでも成長しているのかな。
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2006年01月25日

北欧神話もサガ

夜中にお腹が空いたので白モツを酒と醤油で煮てご飯で食べる。また二合食べちゃった。12時過ぎてるのに、本当に今は顔が丸いですよ。

「葉隠三百年の陰謀」井沢元彦 徳間文庫

偶然にもブー太郎校長が「信長の野望」で島津プレイをしていた時に斬りかかってきた鍋島直茂にまつわる本を読んでいた。
「葉隠」というのは佐賀鍋島藩の教典というか特殊な朱子学というか鍋島絶対主義を説いたものというか。まぁ佐賀藩士だった大熊重信が「読むに値しない」とまで言った支配者の為のものですね。

そして佐賀鍋島藩と言えば化け猫騒動。本書も化け猫には触れているが、おさらいしましょう。

直茂から数えて三代光茂の時代。藩主光茂は配下の龍造寺高房を無礼討ちにする。怒った高房の母が訴えたが聞き入れられず。母は喉を掻っ切って自殺。その母が可愛がっていた猫がその母の血をすすり化け猫となり、光茂の愛妾に化けて悪さをする。

こんな解説でいいかしら?
これはまぁフィクションだからいいとして、戦国ファンが戸惑うのは鍋島は龍造寺の家来だろってところでしょう。事実そうだし。
鍋島直茂は主君龍造寺隆信の死後、巧みに秀吉・家康に取り入り佐賀(肥前国)を簒奪してしまったのである。その手腕は本当に鮮やか。江戸時代他の大名でここまで見事に簒奪してしまった例は無いだろう。だから鍋島家にも龍造寺本家に対して後ろめたいところがあった筈、それが化け猫騒動や葉隠という形になって表れたのだろう。

ちなみに「武士道は死ぬ事と見つけたり」ってのは葉隠からの出典です。
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2006年01月21日

太閤腹

二之席千秋楽。
池袋と新宿を師匠と渡り歩き、間にカツ丼を挟んだりする。これでもか!というほどの量だった。
やはり寄席の楽屋は面白いですね。見せられないのが残念です。

22日の紋三郎稲荷もなんとかさらって最後までやったし、おそらく「扇里色その弐」よりは上手くいきます。おそらく。

そして本能寺の変も起こした。山崎の合戦、清洲会議、賤ヶ岳の戦い、小牧長久手の戦い、大坂築城とこなす。小田原攻めはおそらく無いな。家康がとっくに落としちゃってるし。
本能寺が史実より早く起きたので、竹中半兵衛、上杉謙信は存命。秀吉の配下には何故だか武田勝頼が居る。
九州は大友宗麟が大活躍で龍造寺、島津を滅ぼして統一しちゃった。四国は史実通りに長宗我部が制圧。中国は毛利、宇喜多が秀吉に臣従して九州攻めの先鋒になっている。

もうこれ以上書くと訳が解らなくなるのでこのへんで。
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2006年01月20日

新当流奥義一の太刀

久しぶりにずっと家に居た。散歩しようと思ったがあまりにも寒くて止めた。目覚まし掛けなくて良い日は有難い。
少し稽古をして、ごろごろして、本を読んで、太閤立志伝をちょこっとやる。
秀吉プレイ。前回は本能寺の変を起こせなかったが、今回は絶対に起こす。
桶狭間で勝って、墨俣築城、竹中半兵衛勧誘、美濃三人衆勧誘、信長上洛、金ヶ崎撤退、姉川の合戦は不参加、近江長浜城主任命、石山本願寺攻略、姫路城主任命。
秀吉は史実に乗っていけばいいので楽だが、あまり書く事が無い。

以前にやったのだと、蜂須賀小六で毛利に仕えて九州全土を攻略した時とかは完全に史実とかけ離れて面白かったし、新規登録武将坂田金時で塚原卜伝と戦った時等は実にスリリングだった。
という訳で塚原卜伝です。

塚原 高幹(つかはら たかもと、延徳元年(1489年) - 元亀2年2月11日(1571年3月6日))は、日本の戦国時代の剣豪。天真正伝香取神道流の流れを引く剣術流派、新当流(鹿島新当流)の開祖である。通称は新右衛門、あるいは土佐守、土佐入道とも。一般には号の塚原卜伝(つかはらぼくでん、朴伝とも)で知られる。
(Wikipediaより)

戦国時代は剣術の文化が花開いた時代でもあった。新陰流、吉岡流等。
実際の戦場では槍や弓の方が使われるんだけどね。宮本武蔵も関ヶ原や大阪の陣に参戦している。剣術はどちらかというと兵法に近かったのだろうな。
これが江戸時代になると爆発的に広まる。坂本竜馬は一刀流の流れの千葉道場。一刀流の祖である伊東一刀斎も戦国時代の人物。なんでも繋がっているんだね。
しかし、柳生以外はほとんど関ヶ原や大阪の陣で負けた方に付いているな。一旗上げようとするには仕方ないか。
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2006年01月19日

そういや体重も増えてる(2kg)

師匠の鞄を持って小田急線柿生駅へ。桐蔭学園の学校公演。
司会と解説に玉置浩さん、そして人間国宝一龍斎貞水先生。贅沢な学校寄席だ事。

正月気分が抜けていないのかもしれない。抜けたつもりでいたけど。
とにかくよく飲み食いしている。
そして動かない。歩かない。今日なんか駅から学校まではタクシーだったし、歩くといっても師匠の家から駅くらいだもんな。

おかげで顔に肉が付いてきた。やばっ、デブだ。
(今、女性の半数以上を敵に回した気がします)

明日は少し歩いてみようかな。稽古でもしながら。
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2006年01月18日

年明けてから遊んでばっかりいるな

昼に新宿で天丼を食べて、末広亭楽屋で待ち合わせ。

山岳部の新年会に行く。
元九郎師とかペペ先生とか金兵衛さんとか仙三さんとか、後は書けない人達とか。

今年は四回くらい企画をするらしい。
近場の日帰り登山がやはりいいのかな。
それ以外にも個人的に少し登りに行こうかな。と考えたりして。

毎日の様に遊んでいるので少しは稽古しなくちゃなぁ。
紋三郎稲荷だしちゃったし。
それよりもなによりも蓄積疲労が心配。
まずは体作りだ。
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2006年01月16日

よん、いち、にぃ、ろく

朝ブログを書き終えてから、9時に中野駅で喬之助兄、小駒さんと待ち合わせ。
そこから車で志ん太兄を拾って行くアテもないまま何故か鎌倉へ。
長谷で大仏を見る。
由比ガ浜で遊ぶ。鎌倉の海って綺麗になったね〜。

食事をして「さてこれからどうする?」
時間は午後1時にもなっていない。
「温泉に行こうか」

一路熱海を目指す。
海で少し遊んで、お宮の松を見て、貫一お宮の像の前で写真を撮る。
「どこの立ち寄り湯に行く?」
「せっかくだから伊東まで行って、ハトヤの海底温泉に行かない?」

更に伊東へ。
噂の海底温泉、亀も居る。
しばらく浸かって各々体重を計り、帰路へ。

大久保でチゲ鍋食べて一日終了。
みんな元気だなぁ。
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げーろ

珍しく朝に書いています。朝書き源蔵です。

昼間は後楽園でリベンジ。公開した予想はまたも当たっていないが、それ以外は結構当たった。(駄目じゃん)
少々儲けて夜は東中野へ。

「かえるのうた」いまおかしんじ監督作品 ポレポレ東中野

濱ロックのビトさんと内田マナベさんが音楽を担当し、上演後ビトさんのミニライブがあるというので出かける。いやはやピンク映画ですよ。
ところがあまりエロではない。(もちろんエロなんだけど)婦女子でも安心のピンク映画だった。実際に女性は多かったし。
いまおか監督にも紹介をしてもらいましたが、「俺の映画は絶対に勃たせない」という事を聞いて、とても楽しかった。こうなったら私も絶対に笑わせない。それは違うか。

そんな「かえるのうた」は27日までレイトショーしてます。
公式ブログ
http://pink2000s.cocolog-nifty.com/meikemitsuru/
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2006年01月15日

イソシギとかも買ってた

そういうわけで一人後楽園に出撃した訳だが、撃沈。。。
まぁ100円づつしか買ってないので大した事はありませんが。

ずばっと当てられたのは京都8R牛若丸ジャンプSと中山9R迎春S。それならブログに載せろよと言われそうですが、そういう訳にはいかない。買う直前まで悩んでるんだから。
牛若丸について言えば、障害戦はリズムが大事。リズムにケチ付いた馬はとことん駄目になる。迎春Sについてはブー太郎校長の言う通り3連勝した馬は積極的に消していきたい、というところでしょうか。

反省も含めて、
ニューイヤーS
◎マイネルハーティーはかなり離れた最後方を走っていて、その時点で「もう駄目だろ」という気になった。最後は伸びてきたけどあれじゃ届かない。勝ったロードマジェスティはファイナルS組、ニューベリー、アルビレオと京都金杯で好走したので差して掲示板に乗ったこやつは狙いが立つが、2着に着たオーゴンサンデー(ファイナルS1秒4差の13着)はさすがに無理だ。正解馬券はロードマジェスティからのワイド総流し(最近よくやる)だったのかもしれない。
淀短距離S
◎スナークスズランは外をゆっくり追走して直線でズバっと来る想定だったが、いつのまにか先行している。短縮なんだから大人しく差しに回れよ。2着に着たディープサマーに重が良いと書けるなら勝ったギャラントアローもそうだろうって。ダート実績もあるし。ただトップハンデなんでハイペース要員にしちゃったんだよね。自分の思惑に負けました。

以上たまにレース見たから書ける反省会でした。
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2006年01月14日

クスリ

師匠と池袋へ。
初日に持っていった着物は、新宿へ置いてきたので池袋に着物は無い。今現在師匠の着物が何所にあるか?というのを常に把握していなければならない。ちなみに今日は浪花節をちょっとやってお終い。いったいいつ噺をやるんだろう。

『「毒殺」で読む日本史』岡村青(現代書館)

なんでもかんでも毒絡みにする傾向があるが、これはなかなか面白かった。古事記・日本書紀にも毒は登場し人々を悩ませている。
そして毒殺文化が花開いたのは江戸時代。大名家のお家騒動に毒は付き物になった。
考えてみれば、己の手を汚さず、返り討ちにあう危険も無く、相手に気付かれず確実に仕留める事ができる毒というのは魅力的な武器に違いない。
現代でも毒殺事件は数あるが、現代人はストレスや添加物、電磁波等を浴び続けているからし太そうだ。 
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2006年01月13日

8時ちょうどはスーパーあずさ5号だった

時間差付き人日。
朝6時に起き(元日以来)師匠宅へ行き、8時新宿発の電車に乗せる。
いってらっしゃい。
一人で帰り寝る、ひたすら寝る。
帰りの時間は8時過ぎだったのだが、6時半頃に「新宿着いちゃった」と電話が。。。
早く着くんだったら、乗る前に電話欲しかったな。
そのまま東中野に行ったらホームで会えた。セーフ。

今日師匠は永六輔氏と一緒だったのだが、師匠のリクエストで車内の朝食はおかみさんの焼きおにぎりに決定。おかみさんのおにぎりは本当に美味しいよ。
ところが、新しくしたガス台は安全装置が働いて網が置けない。ので、私がガスレンジを提供する。思わぬところで役に立った。

また使う時は言ってください。
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2006年01月12日

ほやほや〜

二の席初日。
師匠の着物と手拭を持って池袋新宿へ。
なんだか昨日と同じような事をしていますが。。。
末弟の仕事とはこんなものなんだろう。
今日はタンメンを食べました。

「明智光秀の密書」井沢元彦(祥伝社文庫)
短編集ですね。歴史推理小説と銘打っているだけあって暗号やら謎解きやらで。
本当はもう一冊読んでいるんですが、こっちの方が攻略し易そうで。

明智光秀は前にも書きましたが、今のところ発作説を支持。
他の短編に竜馬暗殺についてもありましたが、これは今の所保留。
見廻組説、原田左之助説等ありますが。

まぁ一番今気になるのは、
東京の博覧会で一等賞を取り損なった玄米パンのほやほや〜」
という歌で高座を降りるお爺さんが居る事でしょう。
posted by 入船亭扇里 at 02:03| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記